水曜日, 6月 21, 2006

親として、否、人として

最低な事件が、実に実家のすぐそばで起こった。
6月7日、生まれたばかりの新生児が高速道路高架下に止められてあった自転車のかごの中に、バスタオルと新聞紙にくるまれて捨てられてあったのだという。
幸い、赤ん坊は通勤途中の会社員によって発見され、一命をとりとめた。
現在は高槻市の病院に保護されているそうである。

こ の事件を知ったのが一昨日のこと。かみさんがネットで、池田市神田(こうだ、と読む)の高架下でかくなる事件があったということを読み、あるいはこの高 架下というのは、昨夏ぼや事件があり俺が警官にぎゅうぎゅうやられたあそこのことではないか、という。神田のなかで高架下とよべる場所があるのはほんの数 箇所しかなく、その可能性は大きかった。別件の用事もあって、実家に電話して聞いてみたら、案の定、我が家の近くの高架下でこの事件は起こったということ であった。お袋や近所の人も警察からいろいろ訊かれた由。

そして、昨日、この新生児を自分で生み、そしてそのあとその子を捨てた、親が捕まった。
(産経関西6月21日付け記事 両親の高校生逮捕 池田の新生児置き去り
いやね、俺も別にセックスするなとかそんなことは言わない。高校生なら避妊しなきゃ子供ができる可能性があることくらい知っているはずである。(高校生にもなってそれを知らないから、それは馬鹿である)
そういうことを知っておいて、避妊もせずにセックスして、それで子供を作っておいて、その子供を捨てるな、と。

親として失格は当然だが、人としても失格だ。

だいたいね、この女生徒の親は気づかなかったのか。子が子なら親も親なのだろうが、それならそれで、高校の教員も気づかなかったのか、と。この子供を生ん だ女生徒が臨月近くに学校に通っていたかはわからないが、しかし、それでも5ヶ月を過ぎれば、やっぱりあの独特の腹の出方に気づく者があるだろうに、と思 う。

しかし、いずれにしても、不幸中の幸いであるのは、赤ん坊が命に別状なく保護されたということだろう。

保護責任者遺 棄というのが、今回該当する罪なのだそうだ。俺は法律のことをよく知らない。親にも人権が、などという馬鹿な人権団体からは非難されるかもしれない。しか し、子供には親を選択する余地もなく、自らの意思で以って行動することもできない。俺は「弱者」という言葉はすべてをひとくくりにしてその言葉に逃げる人 間があるからあまり好きではないが、子供(未成年の意味ではない)というのは、やはり本当の弱者なのである。それを捨てておいて、何がいまさら未成年だ、 何が権利だ、馬鹿者。
誤解を恐れずに言おう。親という立場にある者には責任、義務はあっても、権利はない。少なくとも、親としての責任を果たさないうちに、権利を主張するなど勘違いもはなはだしい。
だ から、俺はこういう事件に対しては、未成年だとかそういうことは関係なく、実名を報道すべきだと思うし、学校名も発表すべきだと思う。そして、刑罰とし て、首から「私は生まれたての赤ん坊を捨てました」とでも書いた看板をぶら下げさせて、一週間でも二週間でも、駅前街頭に立たせるべきと思う。

もう一度言って、子供を作る能力があり、そして作った以上、未成年も何もない。しかるべき罰を受けさせる必要があると思う。少なくとも実名報道してよいと俺は考える。