日曜日, 1月 15, 2006

家系 その1

家系なんて,知っていようがいまいが,別段自分の人生がどうこうなるということでもない.しかし,やはり自分のご先祖様のことを知りたいと,以前から思っ ていた.---このブログをお読みになる方にとっちゃ,どうでもよい話であろう.ブログ本来の備忘録的な役割で以て,まず知りえたところだけ記す.

生前,祖母が菩提寺の過去帳を調べて遺しておいてくれたものから分かった限りのことと,また生前曾祖母,祖母から聞かされた話とから,総合すると以下の如し.

我が家は,大阪府池田市の南にあると或る村に,分家として,本家より土地を与えられて移住した礒七から始まる.
(明治以降のことかと思ったが,過去帳を見ると,どうやら江戸末期,1800年前半に移住したものと考えられる)

ただ困ったことに,当時は名前が皆同じ(笑).過去帳には礒七祖父とか,書かれてあるのだが,どの礒七さんの祖父なんだかわからなかったり,江戸時代の頃の系譜は詳細の不明なところがある.礒七祖父という人は1840年代に亡くなっている.

そんな不明ななかで,夫婦ともに確実なところは,明治20年代に没した礒七さんである.

この明治の礒七さんの子供で跡を継いだのが寅吉さん.奧さんがツナさん.実は親父が生まれたとき,村中に男が生まれたと喜び話したという伝説をもつのがこのツナさん.親父が生まれた翌年に八十数歳で亡くなっている.

さて,この寅吉さんとツナさんの子供で,跡を継いだのが種三郎さん.奧さんがイトさんで,俺の曽祖父母.種三郎さんがまた伝説の持ち主なのである.戦前, 昭和始めのころのことであるが,当時は本家の方とも交流があり,自転車で本家の方へ行き,帰り酒に酔って坂道でひっくり返って亡くなった由.---俺も気 をつけないと(苦笑).
余談として,種三郎さんの兄弟で卯三郎さんという人がいるのだが,沒年が昭和21年とある.曾祖母や祖母がよく我が家の墓にある小さな墓石について,あと から来た人という話をしていたのだが,これがどうやら卯三郎さんのようである.曰く,弔うところがないから,実家である我が家でひきとりともに弔っている 由である.正確なことはわからないのだが,あとから来たということと,沒年とから,或は戦死されたのかもしれない.

さて,我が曾祖父母の子で,俺の祖母にあたる綾子さんがいて,復員間もない祖父信次郎さんが婿入りする.---つまり,俺は女系なんです(笑).まあ,し かし,平民の家にとっては,家の名を遺すことが大切なので,男系女系はあまり関係ないわけで,さらにいえば,家の名がつながるのなら,血の繋がりも関係な いと言えなくもない.まあ,このことは措いておきましょう.

そうして,ここからつながるのが,親父で,俺,というふうになって,明治の礒七さんからすると俺は6代目で,少し曖昧なところがあるが,礒七祖父という人が明治の礒七さんの祖父にあたり,この人のところで分家したとすると,俺は8代目ということになろうか.

まあ,そんなこんなで,少々曖昧なところは残れども,自分の直系のご先祖様についてずいぶん知ることができた.---まあ,読者にはどうでもよい話でしょうが(苦笑).

<次のエントリーで,も少し別の話>