日曜日, 1月 15, 2006

家系 その2

曾祖母がよく,礒七さんは「アヤベ」から来た,とよく言っていた.池田市に綾羽町はあるが,アヤベなるところはない.それで調べてみたら,京都府綾部市がどうやらそれにあたりそうである.

ところで,「荒木」という姓は,かなり古くからある姓のようで,起源は奈良時代前後に,伊勢の方で田をおこした一族に伊勢神宮から賜った姓「荒起田(荒木 田)」といわれる.なお,これを調べた本に依れば,荒木田系統には豪農が多かった由.我が家ももとは本家より土地を与えられて分家したくらいだから,本家 は相当大きな家だった模様.残念ながら,本家は敗戦後まもなく,絶えたそうであるが.

さてその荒木という氏にはいろいろの系統があるようで,大阪近辺では,摂津荒木氏というのがある.この摂津荒木氏というのは,現在の池田市に本拠を構えて いた池田氏に仕えた一族である.なお,この摂津荒木氏から,かの荒木村重(信長に謀反を起こし失敗.女子供含め殺され,絶家.---なお,この村重,秀吉 との戦いの際,我が家が代々氏子を務める八坂神社(京都祇園のそれではない)を燃やしたそうな)が出ている.この摂津荒木氏から神戸の花隈荒木氏が出てい る.池田市と由縁ある摂津荒木氏であるが,我が家とは直接の関係はなさそうである.即ち,曾祖母の言うところの「アヤベ」が京都の綾部市であるなら,その 方面での荒木姓の由来を見るべきかと.

そうして調べてみたところ,綾部市の近所に丹波があり,その方面では丹波波多野氏の系統から荒木氏が出ている.摂津荒木氏も,一説には伊勢荒木田氏の出と言われるが,丹波波多野氏から出たという説が有力だそうである.
さらに調べてみると,綾部市には地名に「荒木」の名が残っているから,どうやらこのあたりが,もしかすれば,我が家の本家に繋がるところかもしれない.

ただ,姓というのも,ちょっとしたことで別系統に移ったりするため,そう単純ではないようだが.

あともう一つは,我が家の家紋が,「丸に剣方波見」で,方波見紋はありふれた紋なのだが,剣が入るのは武家に多いそうで,このあたり,我が家のように武家 とは関係のなさそうな家がどうしてこの家紋を持つことになったのか知りたいところである.まあ,しかし,家紋というのも,姓以上に,何かの恩を受けたとか いろいろの理由で貰い受けたり等,変更されることも多いから,あまり重要性はなさそうであるが.


そんなこんなで,帰国中に何をやっていたかといって,こんなことを調べたりしておったわけで.
まあ,これだけ書いておいてなんだが,よくわからんですな(苦笑).
しかし,面白い調査ではありました.