月曜日, 1月 30, 2006

雑感

●先週半ば,計算上に矛盾点が見つかる.ある程度は予測されていたことだが,単純なデジェネレーションでないから,その解釈に困っている.それから,延々 と考え続けたが,何がなんだかわからなくなってきたので,嫌になり,週末,小説やらエッセイばかりを読んで自堕落に過ごす.日曜の夕方,頭の凝り固まった ものがなくなったんじゃなかろうか,と再び計算を見直し,いろいろと考えるが,相変わらずよくわからない.しょうがないから,アナロジーが効きそうな81 年のSmithの論文の研究をした.結局,アナロジーが効きそうと思われたことが幻想であっただけのこととわかって,うんざりする.とりあえず,ミーティ ング用の報告書を書き上げた.先生に相談せねば進めることのできない己の無能が苛立たしい.

●最近思うこと.母国語に於ける単語選択に伴 うニュアンスの差異などに対する感覚が鋭敏であるか,それとも鈍感であるかが,外国語を運用するに際しても表 れると思う.つまり,こういう言語感覚(そんな言葉があるのか知らないが)というものは,深層における部分では共通なのかもしれない,とそんなどうでもよ いことを考えた.これは,早い話が,己の英語の品のなさを言い訳するものであるが,むしろ,母国語でさえ,ろくすっぽその運用能力のないことを露呈し,た だ恥ずかしいだけかもしれない.こんなことを考えるに至ったのは,渡英間もないころ,近所のパン屋で買い物して,何を言ったんだか忘れたが,何かをともか く店員のオバサンに言ったら,「あなたも紳士ならば,そういう言葉遣いはいけません」とこっぴどく叱られたからである.断っておくが,若者言葉的であった かもしれないが,決して無礼な言葉を使ったわけではない.ともかく,そんな厳しいオジサマ、オバサマの住む,とんでもなく保守的な町に住んでいるせいもあ るかもしれない.これは反抗で以て書かれているのではなく,むしろ,いろいろ教わったなあ,とそういう感慨で以て書かれているのである.如何に紳士たるか を実践的に教わった.それは英語を流暢に話せるとか,立ち居振る舞いが英国人らしいとかそういうことではなく,普遍的に成り立つような紳士道であったよう に思う.---ただし,俺が果たして紳士たりえているかは,また別の話である.---こんなおかしなことを書いているのは,研究がどうしようもない糞詰まりに陥っているからである.だが,正直な滞英三年目の感想でもある.