木曜日, 9月 28, 2006

He's PhD

昨日、午後に図書館で製本されたD論を受け取り、その足でDr. Gajjarのオフィスへ行き、当局側に提出せねばならない2冊をお渡ししてきた。そのあと、Ruban先生のところへ行って、D論のデータを焼いたCDをお渡しした。

さて、では帰ろうか、と思っていたら、先生、「これからセミナーだが、来るよな」。もちろん、答えはYes以外にない(笑)。今日の応用数学セミナーでは、先生のお知り合いの下で学位をとって、ポスドクを終えたばかりという若いドイツ人研究者。

ところで、セミナーの始まる前、Ruban先生、Dr.Gajjar、それから俺の三人で駄弁っていたら、 その若い講演者の方が挨拶に来られて、先生がたに一通りの挨拶のあと「あのう、彼(=俺)は。。。?」とRuban先生に質問になられる。Ruban先生暫くお考えになり、いわく「He's PhD.」---うん、俺はオフィシャルには9月30日で学生じゃなくなるんで、まだ学生と云って云えなくもないが、Studentの言葉を使うのもおかしいと思われたのか、Ruban先生の苦肉の答えであった。講演者の方は意味を図りかねるようであった。すみません、中途半端な立場のこんな俺で。苦笑しつつ、ご挨拶申し上げた。

講演は、乱流境界層の理論を第一原理から導こうという、壮大なテーマ。よって、議論が白熱したことここに申し上げるまでもない。うちの流体グループには乱流を専門とする人がいないので、なお、層流理論の感覚をもとにした意見が多く、講演者の方、若いし、ちょっとイライラしておられたごとくに見受けられた。まあ、しかし、面白かった。

と、そういうわけで、ようやくこれで俺がこのマンチェスターでなすべきことは終り。

とりあえず、来月末に帰国。公式の結果は一ヶ月内外で当局より手紙の形で送付されるよう。おそらくそれが同時にCommencementの招待状になるのでしょう。講演前に話をしていた感じでは、12月のセレモニーになるだろうとのこと。一ヶ月したら、また戻ってきます、と云ったら、笑われた(笑)。

RameshはLiverpool大学でポスドク先が見つかった由。そういうこともあるのか、職探しをしている気配さえ見せない俺に、先生は少し危惧を抱いておられるらしく、心配そうにしていらっしゃる。相すみません。帰国したら頑張って(---もどうなるものでもないけれど)職を探します。

水曜日, 9月 27, 2006

近況

●D論提出
昨日、図書館で製本を依頼。今日の14時過ぎには出来上がっているらしいので、それを取りにいって、Dr.Gajjarに提出。それで漸く全て為すべきことが終り。やっと一段落である。

●Theory of Bluff Body
今井先生のTheory of Bluff Bodyを読んでいる。暇を見つけてはタイプしなおしたもの。原本は大事に保存(笑)。さて、抵抗値の理論であるが、未だ完全な理論はない。何を以て完全とするかであるが、流れ場の微細構造まで完全に記述しうる理論というのは、まだ暫くは現れないと思う。或いは現れ得ないかもしれない、とも思う。原理的にはおそらく各流体粒子の運動は記述し得るのかもしれないが、系統だった理論の目標とすべきことではない。何らかの統計的の操作を通ねばならないのは間違いない。或いは「渦」という要素に対しての統計的理論を確立することが可能かもしれない。しかし俺は「渦」を基本要素として捉える方向で今後やっていきたいと思わない。何故かというと、簡単に云って、渦はいくらでも分割できる要素だからである。もちろんそのエネルギー等によって最小単位が決めうるかもしれないが、どうもそこに人為的要素があるように思うのである。少なくとも理論を構築することを前提にすると、いくらでも分割していけるような要素を主体にとると、Ruban先生の言葉ではないが、「どんどん要素を小さくしていって、論文が何本も書けるなあ。なんなら、分子レベルにまで分割するか?」という風に思われる。 流体という概念それ自体がそもそも巨視的概念であり、無限小(ミクロレベル)にまで分割しうる要素を持ち出してその流体の運動を描くというのは、少し問題があるだろうと思うのである。
そうなると、何を指導原理として何を要素として選ぶかが問題になる。今井先生は、タイムミーンで流れ場を観察したとき、伴流中の微細の運動は見えなくなるということを指導原理として、但しその微細の運動がタイムミーンの結果、粘性(渦粘性)として現れるというふうにモデルを考えられた。この考えの良いところは、まずタイムミーンのおかげで、殆ど定常流として扱えるということ。そして、基本要素として、粘性の変化という場の量だけが現れるということ。(ひとつの)理論モデルとしてはすばらしく美しいと思う。
だから、やはり、俺はまずこの今井先生の1957年の理論をベースにやっていきたいと思うのである。いくつかの点については、今井先生とはまた別の考えもあるけれど、本質的の点において、先生の理論モデルはその出発点として最高と思うわけである。
どういうモデルを美しいと思うかというのは、人それぞれの哲学に基づくところもあるから、どれが良くてどれが悪いというわけではないが、俺は上のように思う。
そうして、今、本帰国を目前にして、最早今井先生とディスカッションの出来ないことを悔やむのである。

(上記の所感は、飽くまで個人的考えだけであり、特定の人を批判するの意味で書かれたものではありません。あしからずご了承ください)

●理論流体力学講座?
上のように、学位関連の仕事が一段落して、今後の研究についていろいろと考えているのだが、一方で、どこに就職するやら分からないけれど、ともかく就職するまでの期間---しばらく時間があるから、ひとつ、自分が大学で講義する気になって、テキストでも書いてみようかと、そんな無謀なことを計画していたりする。実は、これまでも時間を見て、時々、構想を練ったり、或いは書き出してみたりしているのである。しかし、実際のところは、「流体」を如何に定義するか、で相当苦労している(苦笑)。この点で、Batchelorの本はすばらしい出来だと思う。Landauのが理論屋の書いたシンプルの極みとすれば、Batchelorのは至れり尽くせりの極みだと思う。しかし、それでも完全に満足できない自分がいて、それなら自分好みに書けばいいじゃないかと、そう簡単に始めてしまったこの作業。ちょっと後悔(苦笑)。でも、自分の頭を整理するの意味でも有効だから、ぼちぼちやろうかなあ、と思う。

月曜日, 9月 25, 2006

もうすぐ終り

今日、Dr. Gajjarに修正を終えたD論を持っていって、話をしてきた。
特に一つ証明しなきゃいけなかった点について詳しくチェックされただけで、製本して持ってきてくれ、とのこと。
2部を当局側に提出しなければならないので、自分用のとで三部を用意しなければならかったのだが、製本受付締め切りが12時で、ちょっと間に合いそうになかったので、明日朝一で用意して図書館へ持っていこうと思う。一冊28ポンドも製本にかかる。たしか、この前製本したときは24ポンドくらいだったと思うが?どうだったろう。まあ、必要経費である。

論文審査用に製本されたものはもはや用がないから捨てようと思っていたのだが、ありがたいことにDr. Gajjarは「もしそれいらないようなら、僕に一部くれないか。持ってる価値があるからね」と云ってくださった。D論審査以来、あまりに俺の反応が冷めていた(ひとつに実感の湧かぬことがあり、ひとつにまだ修正が残っているということもあり、そして口頭試問ではもっと巧く立ち回れたろうにという後悔もあったので、良かったね、と言われても今ひとつふたつ気持ちがすっきりしなかったのである)せいか、いろいろと気を使ってくださる。申し訳ない限りである。それでも今日先生が最後に「君が今度製本したのを僕のところに持ってきたら、暫くあとに最終的な結果を渡すことができるからね」とおっしゃられたときに、ようやく俺も微笑むことができたのでした。

ああ、あとは製本だけ。
ようやくほっとしてきたわけである。

今週末に引越し用のダンボールが届き、集荷は来月10日。
何かとばたばたしそうであるが、ともかく一番に大きなことは製本で終り。あとは野となれ山となれ(笑)。

誰か、マンチェスター在住の方で、テレビほしい方いませんか。
タダでお譲りします。
別に取りに来てもらえるならば、どこ在住の方でもいいんですが。
eBayだとテレビを送ったりするのも大変だし、できるだけ取りに来てもらえる人がいいのだが。
さてさて、テレビの処分には困っている。

月曜日, 9月 18, 2006

PhDの極意

学位審査を受けるまでの間、もし、マイナーコレクションだけで済めば(実質上の合格)、さぞや帰り道に吸う煙草が美味かろうと想像していた。

しかし、実際にはなーんの味も感じられず。

約4時間煙草を吸っていなかったのに、ニコチン欠乏感もなかった。

これはニコチン中毒の俺にはありえぬことである。

---いや実際のところ、精神的の疲労甚だしく、「終わった」の充実感もなく、喜びもない。
ただただ、あったのは「空」?

般若心経の極意ですか。

---Doctor of Philosophyの審査だけあって、「空」の境地に達した模様です(笑)。

学位審査

学位審査は、それにしても大変でした。

審査員は、内部審査員にDr. Gajjar、外部審査員にDr. Timosin(University Colledge of London)。
学位審査は、俺の場合、応用数学科理論流体力学専攻グループが占拠しているLamb Buildingにある、特別室「Lamb Room」において実施されました。もちろん、このLambは"Hydrodynamics"のHorace Lambです。彼はManchester出身で、University of Manchesterの前身のOwen's Colledgeを卒業後、Cambridgeへ行ったので、一応縁があるのです。

しかし、特別室と云ったって、なんてことはない、物置みたいな部屋です。黒板、スクリーン、長机とパイプ椅子が4つほどあるだけ。狭い部屋です。

学位審査は金曜の14時から始まりました。

ちなみにLamb Room内には審査員の先生と、俺の三人だけ。指導教員は居りません(多分、審査の公平を期すため)。

最初の三十分は俺がプレゼンをした。

あとはひたすらD論に沿って突っ込みを受ける、と。

耐え難き耐え、忍び難きを忍ぶこと、3時間。

計3時間半の後、俺は室外へほうりだされ、精神的疲労困憊から呆然と廊下で待っておりました。
だいたい10分ほどしてから、再び中へ呼び戻され、Dr. Timosinより、「マイナーコレクションだけで良し。おめでとう。Daisuke…もといDr. Araki(大笑)」と言い渡され、握手して終り。

実はというか、当たり前のことながら、「耐え難き耐え、忍び難きを忍ぶこと、3時間。」が一番辛かったですけどね(笑)。16時半頃に「今の質問、俺がトイレに言ってる間に答えを黒板に書いておけ!」とDr. Timosin。「お茶淹れてくるけど、緑茶でいい?」とDr. Gajjar。二先生、部屋を去る。何かしでかしてしまったのかと、真っ白ならぬ真っ黒の黒板を前にしばし呆然。先生方、それぞれ戻ってこられると、「まあ、お茶でも飲め」といわれ、ともかく一口飲む。「しかし、俺は思うんだがね…」とDr. Timosinの言葉を皮切りに「質問」についてのフリーディスカッションになる。あとで知らされたのだが、この質問は未だ誰も答えを知らないものだったらしい。Dr. TimosinがLondonへ戻る電車ぎりぎりの17時半までそれが続いて、先に述べた如く外へ出ていろ、となったわけです。フリーディスカッションは楽しかった(笑)。ひたすら質問を受け続けていた時間のことは殆ど記憶にございません。


まあ、そんなわけで、俺の学位審査は終わりました。

云ってもいいですか。

二度とあんな審査イヤ

(笑)。

修正リスト受領

学位審査も終り、本日Dr. Gajjarより修正必要項目リストを受領。
少しRuban先生とこの修正項目について打ち合わせをして帰ってきた。

マンチェスター大学は本日から新学年が始まりました。
はい、毎度のことですが、大学構内は猿だかゴリラだか、ドンキーだかジャンキーだかわからんようなのが暴れまわっております。嗚呼、静かだった大学は何処へ。俺が帰国するまでおそらくこの調子なんだろうなあ(苦笑)。

Dr. Timosinが激しく突っ込みを入れてくださった(苦笑)点について、Ruban先生と話をしてきたんだが、先生は奴の言ってることは分かるが、しかしわれわれのやり方でも問題なかろう。それを証明して、Dr. Gajjarに示そうじゃないか!---命令一下、我は征く。

ん、夕方1時間ほど証明に取り組んで成功。

---と思ったら、問題のあることが判明。

俺のやったやり方でも、Dr. Timosinが提示したやり方でも、いずれにせよ、最終的に得られるものが同じであるという点に於いて、俺は何の心配も必要ない。ただ、あとは要するにD論内での記述の問題である。

ともかく明日、明後日のうちは細かい点の修正をして、週末までに大きな修正を終わらせようと思う。

金曜日, 9月 15, 2006

終わった

文字通り終わりました。以上。

木曜日, 9月 14, 2006

瓦となりて残るより

玉となりつつ砕けよや

というわけで、明日がXデーであります。

なんというかねえ、スライドを作ってて、これで学位をもらおうというのが間違っていると思った(苦笑)。やっぱりねえ、なんか今ひとつものたりないんだよなあ、俺のD論。

まあ、Ruban先生曰く、「だいたいはな、マイナーコレクションで再提出するとか、まあそうだなあ、来年提出せよ、とかそういう結果になるだけだから、心配するな」

---いや、来年提出ってのは要するに半年延長ですな。うん、ほぼこれで決まりだね(苦笑)。

というわけで、なんかもう、緊張とかそういうのより、早くその結論が聞きたい。生殺しはイヤよ、ってな感じです。

まあ、半年延びたら延びたで、どういう問題に取り組むことになるかわからんけれど、願わくばやり残している問題に取り組めれば、と思う。---まあ、やらせてはもらえないだろうが。


あとねー、スライドがねえ、最初50枚を超えてねえ、減らしまくって38枚にしたんだけど、それでも実際に予行演習してみると、50分もかかっちゃって、しょうがないから、また少し減らしたけど、33枚が限度だねえ。

どーせ、3時間以上やるんだから、10分15分は大丈夫かなあ(苦笑)。


というわけで、明日14時から、たんまり苛められて、帰ってまいります。

それでは今日のテーマソングをどうぞ。



『出征兵士を送る歌』 生田大三郎 詞/林伊佐緒 曲

わが大君に召されたる 生命光栄ある朝ぼらけ
讃えて送る一億の 歓呼は高く天を衝く
いざ征けつわもの 日本男児

華と咲く身の感激を 戎衣の胸に引き緊めて
正義の軍行くところ たれか阻まんその歩武を
いざ征けつわもの 日本男児

かがやく御旗先立てて 越ゆる勝利の幾山河
無敵日本の武勲を 世界に示す時ぞ今
いざ征けつわもの 日本男児

守る銃後に憂いなし 大和魂ゆるぎなき
国のかために人の和に 大磐石のこの備え
いざ征けつわもの 日本男児

ああ万世の大君に 水漬き草生す忠烈の
誓致さん秋至る 勇ましいかなこの首途
いざ征けつわもの 日本男児

父祖の血汐に色映ゆる 国の誉の日の丸を
世紀の空に燦然と 揚げて築けや新亜細亜
いざ征けつわもの 日本男児



あー、それにしても、このところ煙草吸い過ぎで咽喉が痛い(苦笑)。

金曜日, 9月 08, 2006

慶事

●わが君は千代に八千代に細石の巌となりて苔の生すまで

親王殿下御誕生、誠におめでとうございます。

この慶事に接して、わざわざ政治的の無粋なことを申しますまい。

万代にわたって御稜威輝く国でありますように。

臣 大輔

火曜日, 9月 05, 2006

スライド、スライド、スライド…

内部審査官であるところのGajjar先生よりメールがあり、口頭試問の最初に30分ほどしゃべれ、とのことである。よーするに、プレゼンやれ、ということである。
そういうわけだから、プロジェクターを予約して、んで、スライドをシコシコ作ってます。最後のところを少し残した状態で、43枚は多くないか?(苦笑)。まあ、 エーゴをしゃべることができないから(笑)、スライドで誤魔化したい気持ちが出て、どーしても枚数が増える。ともかく一通り作ったら、削っていこう。

しかし、疲れた。
本日のテーマソング。




ああ わが戦友 (midi) [林柳波 作詞/細川潤一 作曲]

満目百里雪白く 広袞山河風あれて 枯木に宿る鳥もなく ただ上弦の月蒼し

光にぬれて白じらと 打伏す屍わが戦友よ 握れる銃に君はなお 国を護るの心かよ

死なば共にと日頃から 思いしことも夢なれや 君は護国の鬼となり われは銃火にまだ死なず

ああわが戦友よ二人して 約せしことは知りながら 君が最後を故郷へ 何と知らせてよいものぞ

君の血潮は満洲の 赤い夕陽に色添えて 大和心の花ざくら ぱっと散ったと 書こかしら

弾に当ったあの時に 天皇陛下萬歳と 三度叫んだあの声を そのまま書いて送ろうか

涙で書いたこの手紙 涙で読んで笑うだろう 君の母君妹御も やっぱり大和の女郎花



『戦友』も好きな歌だが、最近はこちらの方が気に入っている。
"死なば共にと日頃から 思いしことも夢なれや 君は護国の鬼となり われは銃火にまだ死なず”と"弾に当ったあの時に 天皇陛下萬歳と 三度叫んだあの声を そのまま書いて送ろうか"のところで非常にぐっとくる。祖父を思い出す。

日本へ帰ったら、カラオケ行きたい。

金曜日, 9月 01, 2006

X-day



X-dayを9月15日と定む。
突撃開始時刻は同日14時、目標はロシア及びインドの連合軍。



日本海海戦 [大和田建樹 作詞/ 瀬戸口藤吉 作曲]

海路一万五千余浬。万苦を忍び東洋に 最後の勝敗決せんと 寄こせし敵こそ健気なれ。
時維れ三十八年の狭霧も深き五月末。 敵艦見ゆとの警報に勇み立ちたる我が艦隊。
早くも根拠地後にして、旌旗堂々荒波を蹴立てて進む日本海、頃しも午後の一時半。
霧の絶間を見渡せば、敵艦合せて約四十、二列の縦陣作りつつ、対馬の沖にさしかかる。
戦機今やと待つ程に、旗艦に揚がれる信号は 「皇国の興廃この一挙 各員奮励努力せよ」。
千載不朽の命令に、全軍深く感激し一死奉公この時と、士気旺盛に天を衝く。