水曜日, 9月 27, 2006

近況

●D論提出
昨日、図書館で製本を依頼。今日の14時過ぎには出来上がっているらしいので、それを取りにいって、Dr.Gajjarに提出。それで漸く全て為すべきことが終り。やっと一段落である。

●Theory of Bluff Body
今井先生のTheory of Bluff Bodyを読んでいる。暇を見つけてはタイプしなおしたもの。原本は大事に保存(笑)。さて、抵抗値の理論であるが、未だ完全な理論はない。何を以て完全とするかであるが、流れ場の微細構造まで完全に記述しうる理論というのは、まだ暫くは現れないと思う。或いは現れ得ないかもしれない、とも思う。原理的にはおそらく各流体粒子の運動は記述し得るのかもしれないが、系統だった理論の目標とすべきことではない。何らかの統計的の操作を通ねばならないのは間違いない。或いは「渦」という要素に対しての統計的理論を確立することが可能かもしれない。しかし俺は「渦」を基本要素として捉える方向で今後やっていきたいと思わない。何故かというと、簡単に云って、渦はいくらでも分割できる要素だからである。もちろんそのエネルギー等によって最小単位が決めうるかもしれないが、どうもそこに人為的要素があるように思うのである。少なくとも理論を構築することを前提にすると、いくらでも分割していけるような要素を主体にとると、Ruban先生の言葉ではないが、「どんどん要素を小さくしていって、論文が何本も書けるなあ。なんなら、分子レベルにまで分割するか?」という風に思われる。 流体という概念それ自体がそもそも巨視的概念であり、無限小(ミクロレベル)にまで分割しうる要素を持ち出してその流体の運動を描くというのは、少し問題があるだろうと思うのである。
そうなると、何を指導原理として何を要素として選ぶかが問題になる。今井先生は、タイムミーンで流れ場を観察したとき、伴流中の微細の運動は見えなくなるということを指導原理として、但しその微細の運動がタイムミーンの結果、粘性(渦粘性)として現れるというふうにモデルを考えられた。この考えの良いところは、まずタイムミーンのおかげで、殆ど定常流として扱えるということ。そして、基本要素として、粘性の変化という場の量だけが現れるということ。(ひとつの)理論モデルとしてはすばらしく美しいと思う。
だから、やはり、俺はまずこの今井先生の1957年の理論をベースにやっていきたいと思うのである。いくつかの点については、今井先生とはまた別の考えもあるけれど、本質的の点において、先生の理論モデルはその出発点として最高と思うわけである。
どういうモデルを美しいと思うかというのは、人それぞれの哲学に基づくところもあるから、どれが良くてどれが悪いというわけではないが、俺は上のように思う。
そうして、今、本帰国を目前にして、最早今井先生とディスカッションの出来ないことを悔やむのである。

(上記の所感は、飽くまで個人的考えだけであり、特定の人を批判するの意味で書かれたものではありません。あしからずご了承ください)

●理論流体力学講座?
上のように、学位関連の仕事が一段落して、今後の研究についていろいろと考えているのだが、一方で、どこに就職するやら分からないけれど、ともかく就職するまでの期間---しばらく時間があるから、ひとつ、自分が大学で講義する気になって、テキストでも書いてみようかと、そんな無謀なことを計画していたりする。実は、これまでも時間を見て、時々、構想を練ったり、或いは書き出してみたりしているのである。しかし、実際のところは、「流体」を如何に定義するか、で相当苦労している(苦笑)。この点で、Batchelorの本はすばらしい出来だと思う。Landauのが理論屋の書いたシンプルの極みとすれば、Batchelorのは至れり尽くせりの極みだと思う。しかし、それでも完全に満足できない自分がいて、それなら自分好みに書けばいいじゃないかと、そう簡単に始めてしまったこの作業。ちょっと後悔(苦笑)。でも、自分の頭を整理するの意味でも有効だから、ぼちぼちやろうかなあ、と思う。