木曜日, 6月 22, 2006

D論

Ruban先生より,D論提出の許可が下りた.
そういうわけで,とりあえず,今日あたり製本に行こうと思っていたのだが,寝坊したので,やめ(苦笑).
しょーがないので,今日はD論の中身の最終チェック.中身と言うより,誤字脱字等のつまらないミスをチェックしようかと.
どのみち,口頭試問はよくてA(ii)の評価(A(i)がそのままの状態で博士論文として受理される,A(ii)は論文中のマイナーコレクションを経た上で博士論文として受理される.その他は再度口頭試問とか,もう少しの研究が必要とかまあ,いろいろある)だろうから,いずれ直さなきゃならないところもでてくるでしょう.

製本は一番早いサービスで2営業日(ただし,忙しい時期,つまり今ごろは,2営業日で仕上げることは約束できませんとかなんとかのたまっているから,長くみて1週間のうちには仕上るはず)だから,明日(金曜日)に出したとして,月曜か火曜,遅くとも来週中には出来上がるだろうから,来月頭に出せる状態になる.ちょうどいいんじゃないかと.
一冊25ポンドだから,2冊で50ポンド,ちょうど一万円.ちょっと高いが必要経費.仕方ない.

そんなわけで,明日は寝坊しないようにしようと思う.

水曜日, 6月 21, 2006

親として、否、人として

最低な事件が、実に実家のすぐそばで起こった。
6月7日、生まれたばかりの新生児が高速道路高架下に止められてあった自転車のかごの中に、バスタオルと新聞紙にくるまれて捨てられてあったのだという。
幸い、赤ん坊は通勤途中の会社員によって発見され、一命をとりとめた。
現在は高槻市の病院に保護されているそうである。

こ の事件を知ったのが一昨日のこと。かみさんがネットで、池田市神田(こうだ、と読む)の高架下でかくなる事件があったということを読み、あるいはこの高 架下というのは、昨夏ぼや事件があり俺が警官にぎゅうぎゅうやられたあそこのことではないか、という。神田のなかで高架下とよべる場所があるのはほんの数 箇所しかなく、その可能性は大きかった。別件の用事もあって、実家に電話して聞いてみたら、案の定、我が家の近くの高架下でこの事件は起こったということ であった。お袋や近所の人も警察からいろいろ訊かれた由。

そして、昨日、この新生児を自分で生み、そしてそのあとその子を捨てた、親が捕まった。
(産経関西6月21日付け記事 両親の高校生逮捕 池田の新生児置き去り
いやね、俺も別にセックスするなとかそんなことは言わない。高校生なら避妊しなきゃ子供ができる可能性があることくらい知っているはずである。(高校生にもなってそれを知らないから、それは馬鹿である)
そういうことを知っておいて、避妊もせずにセックスして、それで子供を作っておいて、その子供を捨てるな、と。

親として失格は当然だが、人としても失格だ。

だいたいね、この女生徒の親は気づかなかったのか。子が子なら親も親なのだろうが、それならそれで、高校の教員も気づかなかったのか、と。この子供を生ん だ女生徒が臨月近くに学校に通っていたかはわからないが、しかし、それでも5ヶ月を過ぎれば、やっぱりあの独特の腹の出方に気づく者があるだろうに、と思 う。

しかし、いずれにしても、不幸中の幸いであるのは、赤ん坊が命に別状なく保護されたということだろう。

保護責任者遺 棄というのが、今回該当する罪なのだそうだ。俺は法律のことをよく知らない。親にも人権が、などという馬鹿な人権団体からは非難されるかもしれない。しか し、子供には親を選択する余地もなく、自らの意思で以って行動することもできない。俺は「弱者」という言葉はすべてをひとくくりにしてその言葉に逃げる人 間があるからあまり好きではないが、子供(未成年の意味ではない)というのは、やはり本当の弱者なのである。それを捨てておいて、何がいまさら未成年だ、 何が権利だ、馬鹿者。
誤解を恐れずに言おう。親という立場にある者には責任、義務はあっても、権利はない。少なくとも、親としての責任を果たさないうちに、権利を主張するなど勘違いもはなはだしい。
だ から、俺はこういう事件に対しては、未成年だとかそういうことは関係なく、実名を報道すべきだと思うし、学校名も発表すべきだと思う。そして、刑罰とし て、首から「私は生まれたての赤ん坊を捨てました」とでも書いた看板をぶら下げさせて、一週間でも二週間でも、駅前街頭に立たせるべきと思う。

もう一度言って、子供を作る能力があり、そして作った以上、未成年も何もない。しかるべき罰を受けさせる必要があると思う。少なくとも実名報道してよいと俺は考える。

土曜日, 6月 17, 2006

思い付き

思い付きでブログのテンプレートを替えてみた.
今一つだが,前のにも少し飽きていたので,これでよし(笑).

月曜日, 6月 12, 2006

学位審査

ミーティングで,Ruban先生より,内部審査員はGajjar先生でほぼ決まりそうだとのこと.
外部審査員はUCLのTimoshin先生(Ruban先生の知り合いのロシア人)になるだろうとのこと.

んー,Gajjar先生といえば,学生から見たら,こう見える(笑).
Timoshin先生のことはよく知らないが,んーどうなるんだろう.

まあ,しかし,なんとかなるだろう.
いや,なんとかするほかないだろう.

学位審査の日程はまだ未定.
今月末あたりには審査用に論文を図書館で製本できるようにしたい.
そして提出.

たぶん,8月か9月というところか.
もう,早く済ませてしまいたい. ???殺さば殺せ.そんな気分です.

土曜日, 6月 10, 2006

わーるどかっぷ

サッカーの好きな人には申し訳ないが,やっぱり見えなきゃ反則していい,或はそれもテクニックのうちとさえいうアレをどうしても好きにはなれない.

ここはイングランド(英国とは書かない)である.その熱狂たるや,尋常ごとではない.
今日,大学に印刷に行ってきたのだが,GMT14時からの試合のため,どの街もイングランド国旗の色に埋めつくされている.

俺はイングランドの速攻というのか,あのプレースタイルは好きである.だから試合を見ても面白いと思うことが多い.しかし,繰り返すが,やはりあのわざと転んでみたりするようなのを見るとイライラする.

サッカーの好きな人にとったらこのお祭り騒ぎも楽しそうに見えるかもしれないが,俺にはちょっとついていけない.

日本は予選勝てるのでしょうか.無理っぽいと思っている俺はきっと非国民だと罵られるのでしょう(笑).オリンピックでも各競技,国を代表した選手が出場して戦うわけだが,かのWBCやこのワールドカップほどなんというか,ヒステリックな感じはしない.
まあ,祖国のチームが勝てば嬉しいには違いないが,応援の段階でヒステリックになっているのを見ると,どうも気持ちが萎える.サッカーは代理戦争というから,さしずめ日本が鬼畜米英を叫んでいたのに似ている.

こういうのをプチナショナリズムだとかという造語で説明する者もあるが,こんなものにプチもクソもあるわけなかろう.

戦争だって,スポーツの試合だって,その戦いがフェアであればいい.それだけでなく,応援もフェアであるべきと思う.相手を罵倒,嘲るようなヒステリーを 起こすような応援団は決まって,敗けりゃ,やれ誰が悪いだの,なんだのと言い始める.大東亜戦争だってそうでしょう.みんなで鬼畜米英ってやって,敗けた ら軍人が悪い(いやたしかに悪いのは悪いが,問題はテメーのことを棚にあげていることである)だの,それまで鬼畜と呼んだところのアメリカに日本がわるー ございましたとへこへこしたじゃあないか.

勝っても敗けても,実際に戦う者だけでなくそれを応援するものにフェアの心があれば,こんな醜態を目にすることはなかろう.---ヒステリーと必死になるということはまた別のものである.

と,話がずれたので,これでおしまい.