金曜日, 2月 17, 2006

唱歌についてつれづれに

今日,本当は,『勇敢なる水兵』の歌詞について,書きたいと思っていたのだが,どうやら詞の方はJASRACの管理下にあるようで,儘なりませぬ.

しょうがないので,ともかく,他の唱歌について少し.

蛍の光
 卒業式で歌われるあれです.明治14年の小学唱歌集に載っている.元歌はよく知られているように,スコットランド民謠"Auld land syne".もとの歌詞は

 Should auld acquaintance be forgot,
 And never brought to mind?
 Should auld acquaintance be forgot,
 And days of auld lang syne?

 And days of auld lang syne, my dear,
 And days of auld lang syne.
 Should auld acquaintance be forgot,
 And days of auld lang syne?

 We twa hae run aboot the braes
 And pu'd the gowans fine.
 We've wandered mony a weary foot,
 Sin' auld lang syne.

 Sin' auld lang syne, my dear,
 Sin' auld lang syne,
 We've wandered mony a weary foot,
 Sin' auld ang syne.

 We twa hae sported i' the burn,
 From morning sun till dine,
 But seas between us braid hae roared
 Sin' auld lang syne.

 Sin' auld lang syne, my dear,
 Sin' auld lang syne.
 But seas between us braid hae roared
 Sin' auld lang syne.

 And ther's a hand, my trusty friend,
 And gie's a hand o' thine;
 We'll tak' a cup o' kindness yet,
 For auld lang syne.

 For auld lang syne, my dear,
 For auld lang syne,
 We'll tak' a cup o' kindness yet,
 For auld lang syne.

英語が古いのか,或は訛りなのかちょっとわかりませんけれど,とにかく内容は旧友との再会を祝し,過ぎ去りし日のことを偲ぶというような内容だそうです.スコットランドではとにかくよく歌われる由.
 それで,日本ではどういう歌詞かというと,2番までは有名だが,今手元にある岩波の『日本唱歌集』によれば,4番まである.

 ほたるのひかり まどのゆき
 ふみよむつきひ かさねつつ
 いつしかとしも すぎのとを
 あけてぞ けさは わかれゆく

 とまるもゆくも かぎりとて
 かたみにおもう ちよろずの
 こころのはしを ひとことに
 さきくとばかり うたうなり

 つくしのきわみ みちのおく
 うみやま とおく へだつとも
 そのまごころは へだてなく
 ひとつにつくせ くにのため

 ちしまのおくも おきなわも
 やしまのうちの まもりなり
 いたらんくにに いさお しく
 つとめよ わがせ つつがなく

と,そんなわけで,なんで通常2番までしか教えられないかというと,まあ,そういうわけです(笑).

埴生の宿
 これは学校では習わなかったのだが,映画『ビルマの竪琴』で,一つの大きな場面を構成する役割を持っていたので,よく覚えている.ようするにこれももともとはイギリスの歌だから,というわけで.ちょっと思い出したので,ここに書く.

われは海の子
 今はどうかわからないけれど,以前某焼酎のTVコマーシャルで使われてました.
 俺も中学だったか,それとも小学校でだったかで,習った覚えがある.海の子,要するに海辺の町で育った子の歌うような感があり,結構好きな唱歌である.
 明治43年の『尋常小学読本唱歌』に収められている.さて,俺の知っているのは1番まで.前掲の岩波の唱歌集によれば,七番まである.

 我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に
 煙たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家なれ

 生れてしおに浴(ゆあみ)して 浪を子守の歌と聞き
 千里寄せくる海の気を 吸いてわらべとなりにけり

 高く鼻つくいその香に 不断の花のかおりあり
 なぎさの松に吹く風を いみじき楽と我は聞く

 丈余のろかい操りて 行手定めぬ浪まくら
 百尋千尋海の底 遊びなれたる庭広し

 幾年ここにきたえたる 鉄より堅きかいなあり
 吹く塩風に黒みたる はだは赤銅さながらに

 浪にただよう氷山も 来らば来れ恐れんや
 海まき上ぐるたつまきも 起らば起れ驚かじ

 いで大船を乗出して 我は拾わん海の富
 いで軍艦に乗組みて 我は護らん海の国

と いうわけで,これも少なくとも七番が敗戦後,教えちゃだめになったのは分かる.でも,歌詞はなかなか格好いい,海の男というのをよく表していていい歌だ と思うんだけどなあ.「??と我は聞く」というような言い回しがいいなあ,と思うし,言い切る形や或は体言止めなど,はきはきした感じがなお海の男らしい 感がする,と俺は思う.

荒城の月
 これは小学校の頃,お袋に教えてもらった歌で,ピアニカ(ああ,懐かしい!)でよく吹いたのを覚えている.ただ,最近になって知ったことだが,俺の知っていた荒城の月は原曲通りではなく,Amで書き直されているものだった.滝廉太郎はDで書いている.
  作詞は土井晩翠であるが,「どいばんすい」ではなく「つちいばんすい」ということも今日知った(笑).歌詞は小学生には難しすぎて,春高楼の花の 宴....といわれたところで,なんのことだかわからなかったが,今あらためて歌詞を見ると,なかなか渋い調子の詞で,よいなあ,と思わされる.
 明治34年『中学唱歌』におさめられている.旧制中学で,これだけの歌詞のものを歌わせていたのは,今の高校生に比べてすごいと思わされるが,国語の内容を考えれば,これくらい当然だったのかもしれない.

● というわけで,最近唱歌なんかをいろいろ聞いてみたり調べてみたりしているのだが,まず歌詞の質の高さに一番驚かされる.SMAPを小学校で歌うのもい いけれど,こういうのもそういう唱歌としてでしかまず歌う機会のないものだから,よい国語に触れる一つの機会として,忘れ去られてほしくないと思うのでし た.長くなったので,このへんでおしまい.