平生の心がけ
『平生の心がけ』小泉信三著(講談社学術文庫 852)を再読了.
帰国時に手に入れて,一度は日本で読んだのだが,改めてまた再読した.
「平生」の自分を省みて,全く自分のなって居らぬことに,情けなくなることが多い.
この本は,平生の心がけ,とタイトルのままのことをただ教訓めいて書かれているのではなく,著者の経験とからこうありたいものである,というような小話を集めたものである.
な お,著者の小泉信三氏は元慶應義塾大学塾長及び元東宮職参与であり,また大の海軍びいきで知られている.後者について,おそらくは,日本海軍が英国海軍 を手本としたというところからくるシンパシーのようなものと,子息が先の戦争中,海軍主計中尉として出征,戦死されたことも関係あろうかと思われる.
な お,(当時としてはそう珍しくはなかったと思うが)強烈な反共主義者である.だから,敗戦後に書かれたこの小話集には,日教組やらの面々には鬱陶しいも のが多かろう.しかし,例えば,「残忍」の箇所など,ぜひともこういった教祖の方々に読んで,そして考えていただきたいものと思う.毎年毎年原爆映画を見 せられ,挙句二十歳を過ぎても,一年に一度くらいは原爆で死ぬ夢をみてしまうというくらいのトラウマをもつようになったと,ある方が書いておられたが,俺 も小学生の頃,戦争が怖いとかいけないだとか,そういう判断以前に,直視することもできぬような残酷な写真パネルが頭に焼きつき,夜中に小便に立てないど ころか,伊丹空港から離陸する飛行機の音を聞いても,原爆を落とされるんじゃないかというような妄想を持つことも一時期あったくらいの傷を心につけられ た.俺が小心だからである,といえば,それまでである.ただ,小泉氏の文章によれば「人 を惨殺することは残忍である.惨殺された死体を平気で見るのも,残忍である.それを人に見せるのも,残忍である.人は人を惨殺するに忍びない.惨殺された 有様を見るに忍びない.また,それを人に見せるに忍びない.この,忍びない,という感情の欠けるところに,残忍がある.」ということを教育という面からどう考えているのか,原爆で同胞が殺戮されたことは事実なのであり,これは戦争というものの実態である,と声高に言うのも結構だが,「事実は事実だから,という議論は,それほど無条件に通用するものではない.人間の或る行為は事実である.しかし,公然それを人に示せば猥褻となる.人間の或る行為または状態は,事実である.しかし,それを公に示せば残忍となり,人間侮辱となる.私もちょっと(原爆被害の写真集を)見 かけたが,到底見られないものである.これを人に見させて,一体どうしようというのであるか.私がきいて見たいのは,あの惨死者または惨傷者が,仮りに編輯 者自身の父母であり,弟妹であっても,その人々は,肉親のこのむごたらしい,情けない姿を,写真にし,本にして,何万という世間の人の目にさらすことを厭 わないか,ということである.もし厭わないというなら,その人と私とは感情が違う.仮りに自分が惨死者であったと想像すれば私は惨死をしたその上に,写真 や本にまでされて,死体が衆人に見られることは,想像するにも堪えられない.」という点についてはどう考えるのだろう.....まあ,本の内容に深入りしてもいけない.この話はここまで.興味のおありになる方はどうぞ本屋へ.
さ て,「平生の心がけ」ということを,自分に振り返って考えてみても,やはり,足りぬことが多すぎて,十指ではとても数え切れそうにない.俺は聖人君子で はないから,いいじゃないか,といえば,人間それで成長もせぬから,そんなことを言いたくない.むしろ,そうでないからこそ,立派でありたいと願い,努力 しようと思う.---そんなわけで,昨今の俺の道徳的ベースとして,教育勅語と,それから海軍のいわゆる「五省」がある.五省については以下の通り.
- 至誠に悖るなかりしか
- 言行に恥づるなかりしか
- 気力に缺くるなかりしか
- 努力に憾みなかりしか
- 不精に亘るなかりしか


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