木曜日, 5月 25, 2006

悟り?

悟りというよりも,今更ながら気付いた.
俺は日本じゃ自分の考えているような理論研究ができないから,英国へやってきたのであった.

俺の志向しているのに最も近いことをやっている学科は航空関連の学科である.日本ではしかし数は少なく,そして理論の先生もほとんど居られない.欧米では 航空に加え応用数学で理論流体力学をやっている.現に俺はマンチェスターの数学科の理論流体力学グループに所属している.

比較論で悪口を言うのはけしからんことと思うが,日本では流体力学ってものすごく二極化している感がある.工学系統と理学系統で,やっていることもだいぶ んと違う.俺のやっているのって,その中間だからなあ(苦笑).この観点からは良くも悪くも中途半端である(苦笑).しかもなお悪いことに(?)工学部を 出たくせ,機械科出身なら当然身につけているはずの実験の経験もなければ,旋盤を扱わせりゃミリ単位の失敗をやらかすし,製図などペーパーテストがあった ればこそ及第したという笑えぬ身の上であるから,工学系統で教職を探そうというのがそもそも間違っているという気がしてきたわけで(気付くのが遅い).助 手や講師のクチを探すとなると,どうしても実験や製図等の演習的の科目が予定科目になっている.自分でやるのと,誰かに教えるというのは同じではないか ら,いきなり学生を教えられるはずもない.じゃあ,理学系統で探すとtoo mathematicalなところか,実際的研究のところではDNS系統のものが多い.前者は俺の手に負えぬし,後者はこういうのが嫌で日本を出たわけだ から,一度はやってみたいとは思うけれど,これを生業にしたくはないし.

ないない,づくしで,これで職が見つかるはずもないが(苦笑).

結局,日本に戻る限り(関西圏云々でなく)は研究職は断念すべきであるか或はこちらに残るかのいずれかしかない.しかしもう海外に居るのはコリゴリであり (苦笑),然らば研究職を探そうと無駄あがきをしている俺が間違っているのである---ということに今更ながら気付いたのであった.あわよくば,一般教養 の数学か物理の講師のクチが見つかればなあ,という万に一つもないほどの期待があるくらい.帰国後一年くらいはプーでもしようがないが,その先をこの薄い 期待にかけられるほど俺も若くない.帰ったらイギリスに滞在して勉強したことは人生のオプションだと思って(オプションにしちゃ,ちょっと困ったオプショ ンではあるが(笑))就職活動しよう.

そういうことを思った5月25日.マンチェスターは久しぶりの晴天である.

あ゛ーあ゛ーあ゛ー

神戸市立高専,機械科流体専攻の講師,助手の募集がかかっている.
通勤は2時間程度だからよいとして,しかし担当科目が製図とか機械実習か...
学部時代,逃れ逃れてなんとか及第した科目です.
製図はどう努力してみてもうまく描けない.
実習も,旋盤さえまともに扱えません.
どちらもセンスありません.
教養課程の物理とか数学,或は応用解析系統の数学なら自信を持って教えられるが,製図や機械実習は厳しいよなあ...ただ自分でそれをやるだけならば,勉強しなおしてやればいいのだけれど,教えるのはまた別だからなあ.
でも,こんないいポストもないからなあ.

最近は,学生を教えることそれ自体に興味を見出しつつあるので,高専はそれにうってつけかと思うのだが,如何せん,製図,実習か...ん゛ーーーーーーーー.

困った困った.

日曜日, 5月 21, 2006

ジョーク

Sankei Web 【著者聞きたい】早坂隆さん『世界の日本人ジョーク集』より

《レストランで出てきたスープにハエが入っていたら? 
イギリス人は皮肉を言って店を出る。
中国人は問題なくハエを食べる。
ロシア人は酔っぱらっていて気 づかない。
アメリカ人は裁判沙汰(ざた)に。
日本人は周りを見回し自分の皿だけなのを確認し、そっとボーイを呼ぶ。
韓国人は日本人のせいだと叫び、日の丸 を燃やす》

これ,ほんと,大爆笑した.
昔から言われているジョークでは,無人島に二人の男と一人の女が残されたとすると,

イタリア人の場合:男二人は女をめぐって殺しあう.
イギリス人の場合:自分から声をかけるのをためらい,結局なにごとも起こらない.
フランス人の場合:女は片方の男と結婚し,もう一人と不倫する.
日本人の場合:男ふたりは,どちらが女と結婚したらいいか本社に問い合わせる.

というのをよく聞く.これもいろいろなパターンがあるらしい.しかし,日本人が本社に問い合わせるというのはだいたい共通している(笑).極端だが,日本人の民族性がよくあらわれていて面白い.

民族性ジョークはこちらにたくさんある.

水曜日, 5月 17, 2006

回顧?

昨今,この三年の滞英を回顧するモードに入りつつあり(笑).

そこで思うことの大きなことは,これはおべっかでもなんでもなく,だいたい このブログは日本語で書かれてあるので,Ruban先生がお読みになるはずもな く,したがっておべっかでないことは明らかかと思う.すなわち,先生の学生としてこの三年教わった多くのことの中で,最近特に次のことを思う.

●学生に研究をさせるときの心得
  これは広義に言い換えて,教員(大学に限らない)或はもっと広義に誰かを部下に持つ立場に立つ者として如何にあるべきかということ.おそらく,唯一の道 などあるわけはないが,俺はRuban先生を見習いたいと思った.簡単に云えば,山本五十六元帥の言葉であるところの『やってみせ,言って聞かせて,させ てみせ,褒めてやらねば人は動かじ』,先生はこれをそのまま実践しておられたごとくに思う.もちろん,先生はアドミラル・ヤマモトと言ってもおそらくはご 存知なかろうから,先生のされることを振り返るに,この言葉がよく当て嵌まるというだけである.しかし,これは非常にデリケートな問題で,「褒める」のも 「怒る」のも結局は同じことで,過ぎたるは及ばざるがごとしということ.その辺の具合の調整を先生はうまくやっておられたと思う.Rameshなどはよく ぶーぶー文句を言っていたが,俺は英国にきてから,ここは天国かと思ったくらいだから(笑),俺にはそれがよく合っていたというだけのことかもしれない.

●理論家として
  これはD論の謝辞にも書いたが,先生から研究者としてまず何を学んだかと云って,それは「理論家」とは如何にあるべきかといういわば哲学のごときを学ん だ.これは批判的部分もあるから,詳しくは書かないとしても,要するにnull-brainになるな,論文は自分の満足のいくものだけをpublish し,数で満足するな,学界への貢献を以てその仕事を評価せよ,ということで,まあ,要点だけをとれば研究者としての倫理とでもいうべきか.ともかく,たく さん学んだ.

●真面目だけではだめ.ユーモアの心を常に持て.
●家族サービスはBBQ(笑)

まあ,書き始めればきりがないが,しかし,この三年早かった.いや長かったとも云えるか.
ともかく論文を書き上げよう.

月曜日, 5月 15, 2006

Notice of submission

ミーティングにて、先生より今後の方針。
 ●7月15日に論文提出。
 ●それゆえ、口頭試問は8?10月の間に実施。
 ●たぶん、9月過ぎになるだろうとのこと。
 ●論文提出後、英国に留まる必要なし。
 ●もし提出後帰国するなら、口頭試問の時に1週間くらいの滞在予定で来英すればいい。
 ●もちろん、帰国せず留まるのも可。
 ●ともかく、論文をあと1ヶ月くらいのうちに仕上げる。
以上。

つーか、帰っていいんですね(笑)。
まあ、どのみち来なきゃ駄目なんだから、行ったり来たりは面倒くさい(笑)。
引越しの準備でもしようか(笑)。本を先に日本に送るのもありだな。
先生は、仕事探しも必要だろうとのことで、帰国も可なり、とおっしゃっておられたのだが、だいたい多くの公募のかかるのが8月前後だから、ちょっと微妙 (苦笑)。この前大工大かどこだったかで、教養課程の数学教員が募集されてたんだが、健康診断書を5月半ばまでに出さなきゃいかんとかなんとかで、断念。 惜しいことをした。それにしても、教養課程の講師とかって公募は少ないのかなあ。

まあ、仕事は帰ってから探します(苦笑)。
なけりゃないで、伊丹空港のカーゴか何かで働きます。またそれもよし。

そんなわけで、ともかく論文を書き上げることに専念します。

金曜日, 5月 12, 2006

雑感

●朱もとい藍の入ったドラフトの一部を受領.先生から一言.

 「お前の書き方はあれだな,投稿論文(journal paper)の書き方だな.学位論文(thesis)はそうじゃなくて,審査員にお前がどれだけのことを知っているかを知らしめるために書くのだから,もっとたくさん書きなさい」

論文の書き方って,いろいろあるんだなあ.
人の学位論文というのを真面目に読んだことがないので(これはこれで問題発言であるが),学位論文というのはそういうものなのか.そうなのか.それは知ら なかった.俺,原稿を書くだけ書いてから,削れるだけ削ってました,スーパースリムになるように(苦笑).だから,ドラフトは90ページに収まってしまい ました(笑).まあ,修正もあるから多少増えて100くらいかなあ,なんて思ってたわけですが,今,ようやく1章の8割の修正を終えた段階ですでに20 ページ増えました(笑).この調子だと,どうやら,150内外の論文になりそうです.長さだけはPhD論文標準域に達しそうです.


●みょーにハイテンションである.風邪が治りかけてきたと思っていたのだが,今日は午後から頭痛がしてきて,晩に論文を修正していたら頭がポッポと熱く なってきた.熱が出てきたらしい.だからなのか,普段からそうであるが,それにもまして頭がおかしい(笑).今日はもう酒を呑んで寝ます.
おやすみなさい.

日曜日, 5月 07, 2006

死屍累々

真っ赤でなく,真っ青になって返ってきたD論の第一章.
Show your knowledge! と言われました.
ヨウスルニ,モットカケトイワレタノデス.

そんなわけで,いろいろと書いたりしているわけですが,書けば書くほどに,俺のやって駄目だった問題の上には,タイトルのごとく死屍累々,今,理論家とし て第一線で活躍されている人が皆若くしてここに屍を曝しておられる.俺も僭越ながら(笑)その屍の末席を汚させていただきますとかなんとか,そんなことを 思いつつ,そんなだからしょーがねえや,というより,むしろ,だからこそ,俺が解かんでどーするか,とそう思って鬱になる.まあ,こと茲に至って今更鬱に なったところでどーしよーもないわけですが(語尾,棒読みっぽいのは気にしないこと(笑)).


問題の片割れの理論の提出されたのが,79年だから,だいたい四半世紀.剥離の漸近理論が69年に提出されたから,それから数えると,37年放置されてい て,一番最初に問題提起されたのは56年だから,ちょうど半世紀.節目の年なのになあ.学位はどーでもいいんで,もう少しこの問題に取り組みたかった. Ruban先生はもはや追い出しモードに入っておられる(苦笑)ゆえ,審査員が追加研究を要求しない限り,俺は何らかの学位をもらって追い出される運命な り.今更じゃあ,修士あげるから出てけと言われても,むしろそれは要らんからもうちっとやらせろ,とそんなことを思ったりする.


まあ,何にせよ,英国に居るのはもうたくさんだ,ということであり(笑),しかし問題をやり残して帰るのも耐え難いということである.嗚呼,ジレンマ.


とりとめなくて,申し訳ない.

水曜日, 5月 03, 2006

GW?

日本はゴールデンウィークですか。
あー、そうですか。