火曜日, 2月 28, 2006

D論や ああD論や D論や

D論や ああD論や D論や

とそんなわけで,本日,我が最高司令長官よりD論を書き始めよとの指令が下りました.
本日より,3rd-year PhD student改めPhD candidateという肩書きになったわけです.

どれほど夢見たことか,この時を......なんて,感慨全くありません.ごめんなさい.
つーか,むしろ,もう少し今のテーマをやりこみたい.やりこんだら,きっと半年延長確実なんですが...

まあ,実際に今の結果だけで,イントロを抜いて,2章か3章程度のことは書けそう(でっちあげ?(笑))なんで,Ruban先生もとりあえず,ぼちぼち書 き始めよ,というふうにおっしゃられたんである.だから,まあ,この先,D論書きつつ,研究も進めて,面白い結果が出てきたら,また状況は変わるかもしれ ません.予定は未定.

そもそも,Ruban先生のお考えでも,今考えているだけのもので,OKかどうか,微妙なところで,他大学から来てもらう審査の先生次第というところで, これはもう,ほんと,「がんばったで賞」で学位がもらえるか,どうか,というような話なのである.情けないことだが,まあ,しょーがない.

それから,D論書き始めが少々見切り発車気味なのは,ORS(奨学金)の問題もあるからである.一応,パトロン(英国政府)の方には,2006年9月に終 える予定であることを当初の申請時に知らせてあるから,あまり延長されることは(俺にとってではなく)今後の数学科の学生にとってよろしくないのである. まあ,要するに,期限内に余裕をもって終われそうにないこんな俺でごめんなさい,と,そんなわけである.

次のミーティングまでに仕上げなきゃいけない計算大きいの2つ.それと,D論の目次を書いて持って行く.なんとか1週間で仕上げられるかな,と.

ともかく頑張りまーす.

日曜日, 2月 26, 2006

平生の心がけ

『平生の心がけ』小泉信三著(講談社学術文庫 852)を再読了.

帰国時に手に入れて,一度は日本で読んだのだが,改めてまた再読した.
「平生」の自分を省みて,全く自分のなって居らぬことに,情けなくなることが多い.

この本は,平生の心がけ,とタイトルのままのことをただ教訓めいて書かれているのではなく,著者の経験とからこうありたいものである,というような小話を集めたものである.
な お,著者の小泉信三氏は元慶應義塾大学塾長及び元東宮職参与であり,また大の海軍びいきで知られている.後者について,おそらくは,日本海軍が英国海軍 を手本としたというところからくるシンパシーのようなものと,子息が先の戦争中,海軍主計中尉として出征,戦死されたことも関係あろうかと思われる.
な お,(当時としてはそう珍しくはなかったと思うが)強烈な反共主義者である.だから,敗戦後に書かれたこの小話集には,日教組やらの面々には鬱陶しいも のが多かろう.しかし,例えば,「残忍」の箇所など,ぜひともこういった教祖の方々に読んで,そして考えていただきたいものと思う.毎年毎年原爆映画を見 せられ,挙句二十歳を過ぎても,一年に一度くらいは原爆で死ぬ夢をみてしまうというくらいのトラウマをもつようになったと,ある方が書いておられたが,俺 も小学生の頃,戦争が怖いとかいけないだとか,そういう判断以前に,直視することもできぬような残酷な写真パネルが頭に焼きつき,夜中に小便に立てないど ころか,伊丹空港から離陸する飛行機の音を聞いても,原爆を落とされるんじゃないかというような妄想を持つことも一時期あったくらいの傷を心につけられ た.俺が小心だからである,といえば,それまでである.ただ,小泉氏の文章によれば「人 を惨殺することは残忍である.惨殺された死体を平気で見るのも,残忍である.それを人に見せるのも,残忍である.人は人を惨殺するに忍びない.惨殺された 有様を見るに忍びない.また,それを人に見せるに忍びない.この,忍びない,という感情の欠けるところに,残忍がある.」ということを教育という面からどう考えているのか,原爆で同胞が殺戮されたことは事実なのであり,これは戦争というものの実態である,と声高に言うのも結構だが,「事実は事実だから,という議論は,それほど無条件に通用するものではない.人間の或る行為は事実である.しかし,公然それを人に示せば猥褻となる.人間の或る行為または状態は,事実である.しかし,それを公に示せば残忍となり,人間侮辱となる.私もちょっと(原爆被害の写真集を)見 かけたが,到底見られないものである.これを人に見させて,一体どうしようというのであるか.私がきいて見たいのは,あの惨死者または惨傷者が,仮りに編輯 者自身の父母であり,弟妹であっても,その人々は,肉親のこのむごたらしい,情けない姿を,写真にし,本にして,何万という世間の人の目にさらすことを厭 わないか,ということである.もし厭わないというなら,その人と私とは感情が違う.仮りに自分が惨死者であったと想像すれば私は惨死をしたその上に,写真 や本にまでされて,死体が衆人に見られることは,想像するにも堪えられない.」という点についてはどう考えるのだろう.....まあ,本の内容に深入りしてもいけない.この話はここまで.興味のおありになる方はどうぞ本屋へ.

さ て,「平生の心がけ」ということを,自分に振り返って考えてみても,やはり,足りぬことが多すぎて,十指ではとても数え切れそうにない.俺は聖人君子で はないから,いいじゃないか,といえば,人間それで成長もせぬから,そんなことを言いたくない.むしろ,そうでないからこそ,立派でありたいと願い,努力 しようと思う.---そんなわけで,昨今の俺の道徳的ベースとして,教育勅語と,それから海軍のいわゆる「五省」がある.五省については以下の通り.
  • 至誠に悖るなかりしか
  • 言行に恥づるなかりしか
  • 気力に缺くるなかりしか
  • 努力に憾みなかりしか
  • 不精に亘るなかりしか
なかなか,どれについても,問題なしといえぬところが情けない.一つずつでも,減らしていきたい.

月曜日, 2月 20, 2006

今井先生

日本からの荷物の中に学会誌の類も入っていたのだが,とりあえず,勉強部屋の床の上に放り投げておいたままだったのだが(笑),一昨日,放り投げてあるにしても,通路にあるため,邪魔だから(笑),じゃあ,とぺらぺら見てみた.

そうしたら,流体力学会誌12月号に,今井先生の第一回流体力学懇話会における講演がmp3でCDに収められているのである.

さて,今すぐに聴くものか否か.しばらく悩んだ(苦笑).
月曜(今日)にミーティングがあるので,いろいろやらなきゃいけない計算もある.だからといって,2時間弱の時間を割くことができない,わけはない.
しかし,結局聞かなかった.
何故かというと,一度,先生のお話を聴こうものなら,いろいろのことが思い浮かんで,計算が手に付きそうもなかったから.

それで,今日,ミーティングしてきて,早速聴いたわけである.

内容については,運動量を考えよ,という話で,これは俺も大学2年のとき,初めて先生にお会いした際に,揚力の説明に関して伺った話である.だから,そういう意味での新鮮さはない.ただ,やはりそこは俺が今井信奉者であるがゆえに,何か湧き迫るものがあるのである.
ニュートンの運動方程式というのも,なんとなくわからなかったものが,先生に運動量の時間変化から出てくるという話を聴き,ともに先生の話を聴いた友人O とで,その話のあと,新宿の喫茶店に立て籠り,興奮して話をし続けたことなど,思い出された.渡英前に先生にお会いして,いろいろとお話したことなども, 思い出され,妙に悲しくもある.

しかし,こういうメディアが安価になったこともあって,このように学会誌に貴重な講演の内容などが収録され,その発行時のみならず,以後,一般に視聴でき るというのは大変よいことだと思った.ただ,CDというのは保存には向かないから困るわけだが(苦笑).まあ,それはいずれ別のメディアが出てくるんで しょう.

とりとめもない記事でごめんなさい.
今日はここでおしまい.

金曜日, 2月 17, 2006

唱歌についてつれづれに

今日,本当は,『勇敢なる水兵』の歌詞について,書きたいと思っていたのだが,どうやら詞の方はJASRACの管理下にあるようで,儘なりませぬ.

しょうがないので,ともかく,他の唱歌について少し.

蛍の光
 卒業式で歌われるあれです.明治14年の小学唱歌集に載っている.元歌はよく知られているように,スコットランド民謠"Auld land syne".もとの歌詞は

 Should auld acquaintance be forgot,
 And never brought to mind?
 Should auld acquaintance be forgot,
 And days of auld lang syne?

 And days of auld lang syne, my dear,
 And days of auld lang syne.
 Should auld acquaintance be forgot,
 And days of auld lang syne?

 We twa hae run aboot the braes
 And pu'd the gowans fine.
 We've wandered mony a weary foot,
 Sin' auld lang syne.

 Sin' auld lang syne, my dear,
 Sin' auld lang syne,
 We've wandered mony a weary foot,
 Sin' auld ang syne.

 We twa hae sported i' the burn,
 From morning sun till dine,
 But seas between us braid hae roared
 Sin' auld lang syne.

 Sin' auld lang syne, my dear,
 Sin' auld lang syne.
 But seas between us braid hae roared
 Sin' auld lang syne.

 And ther's a hand, my trusty friend,
 And gie's a hand o' thine;
 We'll tak' a cup o' kindness yet,
 For auld lang syne.

 For auld lang syne, my dear,
 For auld lang syne,
 We'll tak' a cup o' kindness yet,
 For auld lang syne.

英語が古いのか,或は訛りなのかちょっとわかりませんけれど,とにかく内容は旧友との再会を祝し,過ぎ去りし日のことを偲ぶというような内容だそうです.スコットランドではとにかくよく歌われる由.
 それで,日本ではどういう歌詞かというと,2番までは有名だが,今手元にある岩波の『日本唱歌集』によれば,4番まである.

 ほたるのひかり まどのゆき
 ふみよむつきひ かさねつつ
 いつしかとしも すぎのとを
 あけてぞ けさは わかれゆく

 とまるもゆくも かぎりとて
 かたみにおもう ちよろずの
 こころのはしを ひとことに
 さきくとばかり うたうなり

 つくしのきわみ みちのおく
 うみやま とおく へだつとも
 そのまごころは へだてなく
 ひとつにつくせ くにのため

 ちしまのおくも おきなわも
 やしまのうちの まもりなり
 いたらんくにに いさお しく
 つとめよ わがせ つつがなく

と,そんなわけで,なんで通常2番までしか教えられないかというと,まあ,そういうわけです(笑).

埴生の宿
 これは学校では習わなかったのだが,映画『ビルマの竪琴』で,一つの大きな場面を構成する役割を持っていたので,よく覚えている.ようするにこれももともとはイギリスの歌だから,というわけで.ちょっと思い出したので,ここに書く.

われは海の子
 今はどうかわからないけれど,以前某焼酎のTVコマーシャルで使われてました.
 俺も中学だったか,それとも小学校でだったかで,習った覚えがある.海の子,要するに海辺の町で育った子の歌うような感があり,結構好きな唱歌である.
 明治43年の『尋常小学読本唱歌』に収められている.さて,俺の知っているのは1番まで.前掲の岩波の唱歌集によれば,七番まである.

 我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に
 煙たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家なれ

 生れてしおに浴(ゆあみ)して 浪を子守の歌と聞き
 千里寄せくる海の気を 吸いてわらべとなりにけり

 高く鼻つくいその香に 不断の花のかおりあり
 なぎさの松に吹く風を いみじき楽と我は聞く

 丈余のろかい操りて 行手定めぬ浪まくら
 百尋千尋海の底 遊びなれたる庭広し

 幾年ここにきたえたる 鉄より堅きかいなあり
 吹く塩風に黒みたる はだは赤銅さながらに

 浪にただよう氷山も 来らば来れ恐れんや
 海まき上ぐるたつまきも 起らば起れ驚かじ

 いで大船を乗出して 我は拾わん海の富
 いで軍艦に乗組みて 我は護らん海の国

と いうわけで,これも少なくとも七番が敗戦後,教えちゃだめになったのは分かる.でも,歌詞はなかなか格好いい,海の男というのをよく表していていい歌だ と思うんだけどなあ.「??と我は聞く」というような言い回しがいいなあ,と思うし,言い切る形や或は体言止めなど,はきはきした感じがなお海の男らしい 感がする,と俺は思う.

荒城の月
 これは小学校の頃,お袋に教えてもらった歌で,ピアニカ(ああ,懐かしい!)でよく吹いたのを覚えている.ただ,最近になって知ったことだが,俺の知っていた荒城の月は原曲通りではなく,Amで書き直されているものだった.滝廉太郎はDで書いている.
  作詞は土井晩翠であるが,「どいばんすい」ではなく「つちいばんすい」ということも今日知った(笑).歌詞は小学生には難しすぎて,春高楼の花の 宴....といわれたところで,なんのことだかわからなかったが,今あらためて歌詞を見ると,なかなか渋い調子の詞で,よいなあ,と思わされる.
 明治34年『中学唱歌』におさめられている.旧制中学で,これだけの歌詞のものを歌わせていたのは,今の高校生に比べてすごいと思わされるが,国語の内容を考えれば,これくらい当然だったのかもしれない.

● というわけで,最近唱歌なんかをいろいろ聞いてみたり調べてみたりしているのだが,まず歌詞の質の高さに一番驚かされる.SMAPを小学校で歌うのもい いけれど,こういうのもそういう唱歌としてでしかまず歌う機会のないものだから,よい国語に触れる一つの機会として,忘れ去られてほしくないと思うのでし た.長くなったので,このへんでおしまい.

木曜日, 2月 16, 2006

雑感

●本日,かみさんの誕生日.奧は三十路をお迎えあそばされた.前々からこのことを言っていたせいか,今日に至っては,大台にのったの感興もないらしく,つまらない(笑).仕舞いには,「私は今日から大人」とかと仰せられる.開き直りとはかくなるもののことを言うのだろう.

●昨今忙しい.やらなきゃいけない計算はたくさんあるし,先日日本から届いた荷物に,帰国中に購入しておいた本があるために,これも読まなきゃならない.大変なのである(笑).

●読了した本.『昭和天皇』小堀桂一郎(PHP新書),『乃木大将と日本人』Stanley Washburn著/目黒真澄訳(講談社学術文庫)

●現在読みかけの本.『侍従とパイプ』入江相政(中公文庫)

●研究の方は,やればやるほど深みに足をとられるばかり.スラブ魂を持つRuban先生も,こいつあ厄介だ,と互いに見合って苦笑する日々.物理的に一見 すると,おかしな感じもするが,よく考えればreasonableであるような仮定を導入すると,reasonableに見える結果が得られる.しかし, あくまでreasonableはreasonableであり,感覚の域を脱しない.どうなるやらわからないけれども,まあ,足掻いてみよう,というのが昨 今の感想.ぶっちゃけ,どうなろうと構うもんかい,と開き直っているわけである(笑).

土曜日, 2月 11, 2006

俳人小太郎

昨晩のトリノ五輪開幕式の最後に,オノヨーコが出てきて,挙句イマジンを歌うなどというのを目の当たりにし,本来政治と無関係であらねばならぬと信ずるスポーツの場を汚された気がして,ぶちきれた荒木です.こんばんわ.

ところで,最近,小太郎がよく俳句を詠む.小太郎とは言わずもがな我がブログペットのパンダである.
もともとある程度言葉を覚えると,俳句を詠んだりするということは知っていましたが,なんとも言えないものを詠んでくれるので,なかなか楽しい.

『あの紳士 交渉するのは 外務省』
『あの理論 教育すれば 紳士かも』

・・・なんですか,これは(笑).

金曜日, 2月 10, 2006

トリノ五輪開幕

このところ,やらなきゃいけない計算が多くて忙しくて更新してませんでした.
今日は,個人的には厳密解を出して,ばっちりの結果ばっかりだろう,と
うきうきるんるんでミーティングに臨みましたが,こてんぱんにやられました(笑).
月曜,またミーティングです.ぼちぼち頑張ります.


トリノ五輪の開会式が英国時間の19時に始まった.
日本が,なぜか,ドイツと英国の間に入場してきた.
Japanだからなあ,どう考えても,もっとあとのはずなのに,と不思議がっていたんだが,イタリア語で日本はGiapponeと書くらしく,そのためのよう.(Germania→Giappone→Inghilterra)

今回の入場の際,日本選手団の服は至って普通でよかった.
でも,その直前のドイツの服はちょっとドイツらしからぬ感じで,驚いた.

あと,BBCの解説者のテンションがこの冬季は低く,期待していたCountry of rising sun!という絶叫は聞かれず(笑).

俺は冬季の種目でわかるのは少ないので(いや,夏でもわかるのは柔道くらいだが(苦笑)),なんともいえないけれども,日本選手,頑張れ!

月曜日, 2月 06, 2006

大本營發表

臨時ニュースを申し上げます.
大本營午前零時五十分発表.
英国派遣軍第九二五特別部隊は,頑強なる敵の防備を打ち破り,現在,その非線型性をも考慮に入れた非粘性-非粘性相互作用の解を構築しつつあり.我部隊に極少数の負傷者発生せるも,隊員の戦意異常なく,引き續きその優勢なる敵を殲滅すべく作戦を展開しつつあり.





(なお,この発表はかつての大本営発表に同じく,希望的観測を踏まえた実況発表であることをここにお断り申し上げます)

金曜日, 2月 03, 2006

ウォッカを呑む夜は

呑む酒が現在我が家からなくなっている.
これは由々しき事態である.
どれくらい大変かといえば,手が震える,それくらいである(気持ちの上で(笑)).

いや,呑む酒が本当に尽きたわけではない.
ロシアの家庭で漬けられる,クランベリーウォッカがあるにはある.
本当に呑む酒がないから,これを呑む.
これは甘い.大変甘い.当たり前だが,ウォッカだからアルコール度数は高い.
そういうわけで大変醉う.

今日は,ミーティングをしてきて,戦略目標は変わらないが,戦術の抜本的変更を我が最高司令長官より言い渡された.
それはそれで,ともかく,二〇三高地を抜くことが絶対的目標であった第三軍のごとく,突貫で以て抜くほかないので,戦術が変わろうがそれはそれでよし.
ただ,久々に莫大な量の計算をして,非常に疲れた.
肉体労働のあとのビールはうまい,と思うけれども,いわゆる頭脳労働のあとの酒もなかなかどうして,よろしいものである.これがあるから,やめられないのよ(笑).

---皆の言いたいことはよおくわかる.

確かに俺は醉っている.
紛うことなく,俺は醉っている.

そんなわけで,おやすみなさい.
投げやりな更新でごめんなさい.

木曜日, 2月 02, 2006

政争の具にするなかれ

朝日も必死に頑張っているようです.社説の書き方も,敵意丸出し.大人気ない.

いろいろ勉強してみて思うことであるが,現行憲法の「天皇制」というのは,それがそのまま天皇,天皇家を政治に巻き込むことを意味し,しかもその当事者か らは政治への関与を奪っているものである.この「天皇制」なる政治制度が続く限りは常に皇室は政争の具にされ,常に翻弄されてしまう.

皇室というものは「制度」などという陳腐なものによって「在らされている」ものなのではなく,富士山が政治的意味も機能もなく,それでも日本を代表する山 として在るようなものであるように,皇室もまた政治的なものとは一切無関係な存在であり,それが現行憲法に規定されるまでもなく日本国の,日本国民統合の 象徴であられるのだ,と俺は考えている.これは,甚だ感覚的ではあるが,ある意味で論理を超越した存在であると思うから,こういう認識でよいと思ってい る.

今,小泉さんがどう考えて,あの馬鹿げた有識者会議の結論を国会に諮ろうとしているのか,つかめないのであるが,もしあの法案が通るようなことになれば, いっそ俺は,日本が戦争に負けたときに近衞元首相が考えていたように,今上陛下はじめ皇族の皆様に京都へお還り頂いて,五摂家はじめ,崇敬者が皇族をお守 り申し上げていけばよいのではないかと,極端であるが,そう思うのである.京都にお還り頂くというのは,結局明治政府にしても東京という政治の中心地に天 皇を置くことで政治に皇室を巻き込んだのだし,政治と切り離すには,東京という土地からもとの京都へお還り頂くことで(全てが全てとはいわないが)可能に なると思うからである.

今のように政争の具にされ,浅はかな論理により,永く続く皇室の存在意義を失わせてしまうくらいならば,こうしたほうが,まだよいと思う.

俺は,未来の日本人に,平成の世の驕った日本人の一人に勘定されたくはない.
大化の改新から数えても1500年続くその伝統をただ純粋に尊く,美しいものと考えられる日本人でありたい.
壊すことは簡単なのである.続けることの方が難しいものである.
難しいから音をあげるのか.壊したいからなのか.或はどうでもいいからなのか.

大日本帝国憲法第三条を振り回した昭和軍閥と日本国憲法第四条を振り回している朝日のような連中とがまるで同じもののように見えてならない.「政治」に皇 室を巻き込んでいるという自覚なく(或は故意に無自覚のごとく振舞っているのか),何かしらの絶対性を得たかの如き倒錯性と驕り,両者に共通する点であ る.イデオロギーは異なるはずなのに,結局人間,右左に別れたとて,究極の形は同じであるといいうことか.

皇室を政争の具とすることの愚を知れ.
歴史という長い長い鎖の重みを無視できるほど平成の世の日本人は偉いのか.
驕りここに極まれるか.