月曜日, 3月 27, 2006

研究日誌

ご無沙汰しておりました.何やらバタバタしております.以下,昨今の所感.

●D論はとりあえず,イントロを飛ばして,まずこれまでの研究成果(というほどのものでもないが)をまとめることにした.以前,投稿論文用にまとめたもの もあるので,楽チンかと思いきや,意外と時を経て読み返すと,文章の悪さが目立っていけない.あの時はあの時で必死に推敲したんだが.やはり自分の書いて いる文章の良し悪しを自分では判断できません.

●さっき寝ようとして,ベッドに潜り込んだはいいが,研究の件で頭が冴えてしまって眠れなくなった.酒もないから,困る.とりあえず,これまでもやもやし ていたようなアイディアが少し固まってきた.目下,1つことを証明して,それを以ても一つ別のことを証明してやれば,或は今のアイディアが巧く働くかもし れない.Ruban先生をぎゃふんと言わせてやろうと思うと,なおさら興奮して眠れない(苦笑).先生は25年ほど前にモスクワ時代の学生に今の課題を与 えたが結局解けずに終わり,なかなか適当な学生がいなかったところ俺がひょこひょこやってきたので(どうも先生は俺の能力をそれ以上に考えておられたよう である(苦笑))四半世紀越しで俺にやらせることになったのだ,というようなことをこの前の理論屋集会でおっしゃっておられた.要するにかれこれ四半世紀 オープンの問題(ということはこの問題の歴史は俺の人生と同じ長さということになるか(笑))なのだが,それだけあってやっぱり難しく,ついつい泣き言も 出てしまうのであるが,逆にそんなこと言われちゃあ,これを解かずに日本へ帰られるかとなるのが俺の悲しき性よ(笑).まして先生は最早今回もだめかとあ きらめモードに入っておられるからなおさらこれまで先生の期待に添えなかった不甲斐なさを払拭せねばと力んでしまうわけでもある.ともかく,残された時 間,がんばりまーす(笑).

月曜日, 3月 20, 2006

陸軍の恋,海軍の恋

また,突拍子もない題目である.かみさんと話をして居ったところで,ふとしたはずみに,陸軍の軍人と海軍の軍人それぞれの恋なるものに言い及び,内心密かに面白いと思ったわけなので,せっかくだから,ブログにも書いておこうかと.

ここに挙げる軍人は,陸軍軍人として,森鴎外(陸軍軍医総監).海軍軍人として広瀬武夫(海軍中佐).

おそらく,すぐさま突っ込みを入れたくなる人選であることは承知している.いくらなんでも,武骨漢の代表選手広瀬武夫と,その正反対に位置するような鴎外 とを同じ軍人というカテゴリーに入れてしまうことは,滅茶というものである.それと知りながら,敢えてこの人選には目を瞑る.

鴎外に関しては大した説明もいらないかと思うが,軍人としては,かの乃木大将とも交友のあった人物であり,また,満洲の広野に日本陸軍軍人の屍を幾万と曝 した張本人である.軍医が作戦指揮をとるはずもないのだから,何ゆえかというと,「脚気」ウィルス説を頑なに主張してやまなかったのが鴎外なのであり,戦 死させたのではなく,約3万もの将兵を脚気により病死させたのである.海軍のほうでは,麦が脚気に効くということを英国海軍の方から知り,麦飯をまぜて食 べさせ,これが効を奏したという実績を持っていたのに,である.

他方,広瀬武夫とは誰であるか.文部省唱歌『広瀬中佐』にある「杉野は何処.杉野は居ずや」のセリフで有名であり,敗戦までは神田の万世橋に広瀬中佐と杉 野兵曹長の銅像があったそうである(この銅像はGHQにより撤去された由).広瀬は日露戦役において,第2回旅順港閉塞作戦に従事,福井丸を指揮したが, 旅順港からの砲撃の砲弾に身体を四散させ戦死した.阿川弘之氏の著述によれば,九州男児を地で行くかなりの武骨漢であり,尉官時代は相当の攘夷家であった 由.ちなみに,流体の柘植先生も,「本物」或は「真男児」として山岡鉄舟などとともにこの広瀬の名を挙げている.

さて,片や女々しい限りの陸軍の鴎外に,片や武骨漢広瀬.あまりに両極端の例であり,題目のごとき,陸軍と海軍の対比としては的確ではないかもしれない. 或は明治軍人の恋とでもしたほうが良いか.それは,ともかく,そのような全くの共通項のないようにみえる,鴎外と広瀬であるが,唯一の共通点がある.それ は海外留学中における現地女性との恋愛である.まずはよく知られた鴎外の恋愛から見ていきたい.

いうまでもなく,鴎外は本職の医師としての他に,卓越した文筆家でもあった.その作品は多くの人の知るところである.ここでは,『舞姫』を取り上げる.- --個人的にこの作品は正統な日本語で綴られており,文章それ自体は大変気に入っているのであるが,如何せん,扱った内容がいけ好かない.これを高校の時 に授業で読み,期末対策としてクラスの連中を相手に補習講義を垂れた覚えがあるのだが,その時の基本姿勢はやはり,ろくでもないやつである,という(自分 のことは棚に上げて)見方であった(学校では教えないことまで教えたから,級友には受けが良かった).今もやはり,この作品を好きにはなれない.しかし, 敢えて,今回これを書くにあたり,読み直してみた.日本語は美しいのに...まあ,繰り返してもしようがない.
『舞姫』では主人公がドイツへ留学することを取り扱った「私小説」である.つまり鴎外がドイツへ留学した(明治17年?21年)のことを描いたものであ る.小説の方では,相手の女性,エリスは,その日の生活にも困るような貧しい家庭の少女として描かれているが,現実のほうはどうやらそうでないと考えるべ きである.何となれば,帰朝した鴎外を追ってこの相手の女性は,<かの時代において>ドイツより遠路はるばる日本へやって来たのであるから.鴎外はこの 追ってきた女性とは会わず,兄弟が彼女を「説得」し,ドイツへ帰らせたとある.いくらかの金を積んだのだろう.『舞姫』では,こういった汚点に触れないた めに,「エリス」を発狂させている.

一方,広瀬は,明治30年から35年までロシアに留学.この間,広瀬はロシアの知識階級との交流をもった.なかでも,ロシア海軍水路部長,子爵コヴァレフ スキー少将とその家族は広瀬を大変気に入り,家に呼んでともに食事をしたりすることから始まり,かなり親密に交流したようである.とりわけ,子爵の次女, アリアズナ・ウラジミーロヴナ・コヴァレフスカヤはすっかり広瀬に惚れ込んだようである.広瀬もただアリアズナの情に絆されただけ,或は異国の地で寂しさ から人肌を恋しく思った,というようなものではなく,「仮ニ武夫ガ縁アリテ碧眼金髪ノ児ヲ御紹介申ス機有之候ヘバ御義絶ナドト御憤慨披遊間候ヤ....」 などという手紙を嫂宛に出していることからも,かなり真剣の恋愛だったことが想像される.コヴァレフスキー少将の広瀬に対するもてなしを考えると,子爵も また,アリアズナの気持ちも当然ながら,広瀬を婿にとまで思っていたのではなかろうか.---結局,広瀬がロシアを発つまでに,二人の関係がどの程度まで 進んだのか定かでない.広瀬は34の男であり,また相手のアリアズナは19,20のうら若き女性である.広瀬が武骨であるから...しかし当時ならもう十 分大人の女性として認められる年齢のアリアズナだったのだし...まあ,邪推はよしておこう.さて,広瀬がロシアを発った明治35年より僅か二年後,日本 は朝鮮半島へ向けて南下するロシアに起った---日露戦争である.そして,開戦から一ヶ月のちの旅順港閉塞作戦で広瀬は戦死する.(以上広瀬に関しては阿 川弘之『日本海軍に捧ぐ』(PHP文庫)の「荒城の月」を参照)


以上が,陸の鴎外,海の広瀬の異国における恋愛模様である.鴎外の分が悪いのは,やっぱりそれは俺が『舞姫』が嫌いだからである(笑).その辺を差し引い て読んでいただければよいかと思うが,しかし,それでも,どうしたって広瀬に分があるのは致し方あるまい.結婚までも考えた,本気の恋愛をした女の国と干 戈を交えることになり,そしてその戦争で肉体を四散させて絶命した,というその事実それだけでそこいらの三文小説などより余程立派な小説となろう.自己弁 護に終始した『舞姫』はやはりこれには敵うまい.

明治の時代とは,もはや歴史となった過去のことであるが,明治生まれの曾祖母(昭和天皇と同じ明治34年に生まれたことを生涯の誇りとしていた)と15年 生活したことから,俺にはどうもそんなに昔のことのごとく思われないこともあって,明治人間に深い興味を抱いている次第である.そんなことから,ふと今日 は以上のような話を書いてみた.

以上,長々駄文にお付き合いいただきありがとうございました.

水曜日, 3月 15, 2006

トンネル効果

今やっている問題が,量子力学のいわゆるトンネル効果の問題と殆ど同じであることに気付いた.要するに,ポテンシャル障壁に向かって粒子が突入するというような一次元での問題.時間に依存しないシュレーディンガー方程式(細かな係数は重要な意味がないので落とす):

ψ'' + (E-U(x))ψ=0

で,ポテンシャルU(x).

ただ,違うのは,今俺の扱っている函数をΦとでも書くと,

Φ'' - (E-U(X))Φ=0

という風になって,三角函数の線型結合でなく,指数関数の線型結合として解が表れるのでした.
そういうわけで,完全に同じではないのだが,だいたいの議論はこのトンネル効果の問題が参考になりそうゆえ,これからちっと取り組んでみます.

火曜日, 3月 14, 2006

理論屋集会

Ruban先生の発案で,今日,理論流体力学屋(以下理論屋)の,理論屋による,理論屋のための集会が開かれた.集会というか,日本でいえば,ゼミとか, 討論会とでもいったような類の集まりである.これまでも,インフォーマルセミナーとか,毎週水曜の応用数学セミナーなどで講演会をやったりということは あったが,理論流体力学だけに焦点を絞ったものというものはなかった.そこへ,たまたまアメリカからRuban先生の知り合いの若い研究者が先週から 10ヶ月の間,マンチェスターの理論流体力学グループの方へ各員研究員として来校されたということもあって,その方を交えて今後こういった理論流体力学集 会のごとき集会が催されることになったのである.

何故,こんな集まりが催されたかというのは,Ruban先生の開会宣言ともいうべき,その言葉の中にある.即ち,昨今理論屋は,CFDにかまけて,何でも 「解いた」気になってばかりいる,脳無し(能無しの間違いではない---null brain)ばかりである.絵ばかりならべて,その背後にある物理を故意にか忘却している.どのジャーナルを見ても,かのJFMでさえ,昨今は,つまらな い絵ばかり並べて解いた気になった論文ばかりである.CFDとは詰まるところ,実験なのである.理論屋の為すべきことは,その実験が本来的意味の実験であ ろうと,数値実験であろうと,そういった実験の背後に潜む物理を定量的に説明しうる数学的理論を提供すること以外にはないのである.確かに定量的に現実に 合う理論を構築することは大変難しい.そして,それが難しいのは結局我々の自然に対する理解が乏しいからに他ならない.今日,こうしてこのように理論屋た る我々がここに一同会し,我々の前に提示されている基本的且つ難解な問題について,忌憚なく議論を交わすことが,我々の流体現象に対する理解を深めること になり,ひいては新たなブレイクスルーを導くものとなるであろう.そうした意図を以て本日,お集まりいただいた次第である.

---と概略はこんな感じ.まあ,少々堅苦しい言葉で綴ったが,Ruban先生は時折冗談をうまく交えながら,ともかくこういった趣旨のことを言われた. まあ,そう堅苦しい会合でもなく,冗談は各人ぽんぽんとばしておったようなわけだが,俺もついつい上の開会宣言のごときの途中,先生がCFDにかまけてい る理論屋を揶揄しておられた際,ぼそっと「Colourful fluid dynamics」とつぶやいたら,会場一同大爆笑.すかさず先生「俺はそこまで酷いことは言ってないがな」と,も一つ大爆笑.

ちなみに,今日集まったのは,Ruban先生,Duck先生,Gajjar先生の理論屋三先生と,俺を含めた各先生の学生の一部のみ.非常にこじんまりし た集まりだが,なかなか白熱した議論が展開され,面白い集まりであった.直接的に俺の研究に関係することでもあるので,Ruban先生とDuck先生の議 論の中で,時折,「その問題はアイツ(俺のこと)がやっている」と云って指差され,何か言わなきゃならんのか,と大変弱らされた.

木曜に,今度は昼食を挟みながら,も一度同じ集まりがある.上にのべた客員研究員の方のほかにもう一方アメリカの方から来英しておられる方があり,彼は次 の日曜に帰国されるため,せっかくだから,と,週に二度も.今日は主に,来校しておられる研究者の方の問題提起を中心に話が進められたが,木曜は,三先生 がそれぞれ約一時間ずつの時間で話をされる予定.Ruban先生曰く,「金曜あたりに学生にしゃべらせるか」.先生のすぐ近くに座っているRameshを とばして,先生,俺の方を見てニヤリ.まあ,他の先生方のご都合もあるでしょうから.さすがに金曜はないだろうと思いつつも,もし木曜に名指しされたら, とりあえず,今抱えている問題をぶちまけて,意見をもらうような形にすりゃいいかとは思っている.どうせ身内でのことなので,形式ばることもないし,だい たい形式ばったところで,どうせ,すぐに蜂の巣にされて,予定プログラムをこなせるわけもないから.

まあ,しかし,本当にあるかどうかもわからない,金曜のことなどの前に,明日先生に持っていかなきゃならない計算を仕上げることが先である(苦笑).

土曜日, 3月 11, 2006

思いつくまま

●D論のイントロにどんなことを書くべえか,と思案しておる昨今.とりあえず,関連の論文を本棚の一画を占領している山の中から発掘しては,読み直してい る.少しずつイントロの構成がまとまってきたかなあ,と思って,紙に題目を並べてみると,今ひとつの感がして,没.また,他の論文を読んで...とその繰 り返しの一週間.

●取り組んでいる計算でおかしな結果が出て,どーしたもんだろーと先生のとこへ持っていった計算の一部に間違いのあることがわかったので,改めて計算した ものを(TeXるのは面倒ゆえ)手書きで書いて昨日,先生の所へ持っていった.とりあえず,おかしい点は二つあって,うち一つは物理的に明らかにおかしい から,と見直していたところ,それは計算間違いからくるものであったのだが,依然,もう一つの方は,ちょっと予期しなかった類のことが出てきており,これ はどうやら計算ミスの類ではない.詳細の議論は月曜にやってくる予定.

●D論の1パートを占める予定の線型化問題の件を,かつての七面倒な計算をふくめ見直しているところ.早めに見直しておいて,あわよくば,何かしらの見落 とされている手がかりを見出せないものかとそんなたくらみ.依然,今ひとつはっきりせぬ点が一箇所あり,これが非線型問題につながるキーであるや否やを問 わず,はっきりさせなきゃいけない.おそらくは,1)漸近性の破れる臨界層周辺のことと関係あり?,2)逆に水平方向に2分割,或は3分割されるべきで, 圧力がシャープに落ちる箇所など,或は高次の項の影響から現れるのではないかと.繰り込み群のやり方でできないものかと,勉強しているが,いわゆるRG理 論には系統だったものがない.純粋に数学的か,或は純粋に物理的なものばかり.後者は,場の理論や相転移といった問題が多く,その物理のことがよくわかっ ていないので,RGにまでたどり着かない.エッセンスとまた同時にいくつかの簡単な例題で以て解説されているようなものが見当たらない.応用数学の立場か ら誰かまとめあげてくれないものか.とりあえず,粗視化の手法のあたりもう少しわかりやすく説明してくれるものはないものか,と.

月曜日, 3月 06, 2006

酒呑みの悲しき性

言うまでもないが,俺は酒が好きである(本当に言うまでもないことで大変申し訳ない).

ここ英国では,もっぱら階級により飲まれる酒が異 なる.即ち,労働者階級では,ビール.いわゆる「パブ」のそれである.中産階級では,ビールも飲まれる が,ちょっとお上品にワインというところも多い.上流階級は,付き合いがないので知らない(笑).おそらくは,ワインやシェリーだとかブランデーだとか, 良いものを少し嗜まれるのであろうと推測される.
要するに,何を飲むかで,その人の属するクラスがはっきりするため,こちらの人が何を好んで飲む かということを話題にすることは少ない(と思う).尤も, 話す言葉(階級訛り)でもそれがわかる.つまり,どういう教育を受けてきたかが,はっきりとその人の言葉に表れるので,酒の趣向を聞かずともだいたいは察 することができ,階級外に居る我々外国人は,だいたいのあたりをつけて,ワインの話をしたり,或はビールの話をしたりする.これ,外国人の処世術なり (笑).

さて,そんな英国において,俺は相変わらず焼酎を呑む(笑).最近,ビールはすぐに腹が膨れるし,またすぐにトイレに行きたくな るため,あまり呑まない. それでも,ビールが嫌いというわけではない.念の為.あと,こちらのビール(ラガー)は味が薄く,日本のビールに慣れている身にとっては,ちと物足りない こともある.スタウト(要するにギネスなどのような黒ビール)は,パブで飲むに限るのだが,大学近くのパブならともかく,家の近くのパブはなかなか行き辛 い.はっきりいって,黄色いのが入っていって和気藹々と飲む,なんてわけにはいかないのである.家で敢えてビールを飲むなら,ラガーとスタウトの中間の エールが良い.ただ,買いに行くのも面倒だから,最近はさっぱり飲まないのである.ワインも時々飲むが,ボトルを開けたら飲み干さないわけにはいかないか ら,日常ほいほいと飲めるものでもない.そういういきさつと,日本恋しやの気持ちとから,焼酎を飲んでいるのである.当然のことながら,焼酎が日本にいる ときのように簡単に手に入るわけではない.非常に貴重なものなのであるからして,日本に居るときのように,かぽかぽと飲むわけにもいかない.だから,まだ 寒い昨今(先日は大雪だった...3月だというのに)は,お湯割りに限る.日本でなら,焼酎:お湯=6:4くらいで作るところを,焼酎:お湯=2:8程度 で作る.俺は焼酎では芋焼酎のクサイのが好きなので,例えば某Sという鹿児島の有名どころなどをお湯割りにすると,サツマイモのいい香りがするのである. それは2:8という馬鹿げた比率で作っても,である.当然薄いから数杯呑んだとて酔うには至らないが,香りが大変よく,少しのアルコールで精神的には 癒されるのである.一種のアロマテラピーか.

ここに思い出されるのが,故伊丹十三監督の『大病人』(だったかと思う.或は別の作品だった かもしれない)という映画のワンシーンである.末期の癌患者 が,実は大変な酒呑みで,医者に頼むから死ぬまでにもう一度だけ酒を飲ませてくれ,と頼むのだが,当然医者はOKを出せない.しかし,あまりにその患者が 気の毒だからと,湯飲みにお湯をたっぷり注ぎ,そこへブランデーを一,二滴垂らしたものを彼に与えたところ,これがまたなお気の毒なくらい,その湯気に薫 る酒の香りをかいで嬉しそうに微笑み,それを啜るのである.酒というものは酔ってナンボと思っていた,これを見た当時の俺は,いやあ,そんなこたぁあるわ けないだろう,と思ったものだが,いや実際に,酒に事欠くに至って,しみじみとこの患者の喜びがわかるのであった.

...ある意味で,俺も末期ですか(苦笑).
この記事をそもそも,その2:8割ならぬ,1:9割を呑みつつ書いて居るのは,もう焼酎がなくなってしまったからである.嗚呼,明日から寂しい夜になる.

木曜日, 3月 02, 2006

雑感

●最近,大学のキャンパスで軍人をよくみかける.要するに(就職)広報のために派遣され た将校である.特に,俺はなぜだか,RAF(英国空軍)の士官を見 かけることが多い.しかし,それにしても,こういう将校らを見かけるたびに思う.「(心身ともに)鍛えられた」人は見ていて気持ちがいい.そして,俺もそ んな気持ちのいい人間でありたいと思うが,所詮凡人なり,と言い訳するあたり,俺の弱さである.

●しかし,日本の自衛隊も捨てたものじゃ ない.この前,自衛隊の広報CMの動画を見たが,あの敬礼姿に鳥肌がたった.純粋に格好いいと思った.この人たち に国防を任せて大丈夫だ,というような気にもなる.まあ,広報用のものだから,そういうように作られてはいるんだろうが,それにしたって,やはりどこぞの 俳優ごときが軍人を演じたって,猿に軍服を着せただけのようにしか見えぬのは,やはり本質的な鍛えられ方の違いがそこに現れているからだろうと思うわけで ある.

●ちなみに敬礼のしぐさは,中世,騎士が決闘の前にお互い歩み寄り,手をあげ,互いにまず礼を示す挙手の礼をしていたことが,発展して出来たものなのだそうである.(参照:『戦争の教科書』松島悠佐(元陸上自衛隊中部方面総監))

● ところで,大学側が提供しているD論用のTeXのclassファイルは使いにくい.ほとんどそのまま,reportクラスを利用しているんだから,体裁 の良いはずもなく.... 過去のD論を見てみた感じでは,各人適宜自分用に改造して使っているようだから,俺もごそごそといじってみた.あまりいじりす ぎてもいかんと思って,本来の形をある程度保ちつつ,フォント,行間,配置などを変更してみただけだから,そう見映えがよくなったわけじゃないが,オリジ ナルのままよりは,ましかと思われる.まあ,ある程度書き上げてから,調整しようかとも思う.

●そんなわけで,D論をとりあえず書き始め てみた.まずおおまかな章立てを作って,んで,ともかく一番簡単な(でも,実は一番難しくもある) Acknowledgementを,ひとまず日本語でだいたいのことを書いてみた.なんともいかめつらしい文章である.また飛び出てくる単語が,どう考え たって英語に直では訳しようのないものばかりで,これはこれは困りました.もしかすれば,結局このAcknowledgementの仕上がるのは一番最後 になるかもしれません(苦笑).

●あと,計算大きいのが一個.特異点近傍での圧力及び流速の振る舞いについて.ちょっと面倒な計算なので,なかなかはかどらない.