帰国翌日だったか翌々日だったかの話.
朝,起きて,飯を食べに台所へ行ったところ,食卓の上に扁平なザルが置いてあった.
タオルがしかれ,その上にぽつんと雀が横たわっている.
俺の朝飯?---高校の頃,連れと焼き鳥屋で呑んだ時,「すずめ」というのがメニューにあるので,面白半分で頼んだら,さて出てきたのが,雀の姿焼き.さすがの俺も連れも絶句して,箸をつけられなかったという,そんな遠い記憶が呼び起こされたわけで.
もちろん,その雀が俺の朝食というわけではなく,お袋が朝,家の周りを掃除していたら,道にこの雀が落ちていたんだそうで,放って置いたら,車に轢かれてしまうから,と家に連れ帰ったのだそうだ.
しかし,そのザルの上の雀はぴくりともしない.まるで死んでいるかのよう.少しつついてみたら,微かに動くから,まだ死んではいないようだが,虫の息であることには間違いない.
お 袋の話では,その落ちた雀の上を親らしき雀が鳴きながら飛んでいたということだから,推測するに,巣立ちの練習中に落ちたらしい.現に,一日と経たぬ内 に,その小雀が元気になったものの,羽ばたきはしても,飛ぶことままならない.羽根の感じがおかしいように見えたので,或は生まれつき羽根に障害があるの かとも思われたが,今放てば,間違いなく野良猫の餌食となるであろうから,しばらくは我が家で様子を見るほかない.
野生のものを飼うことはその対象にとって決してよいことではないから,出来得る限り速やかに外に逃がしてやらねばならない.しかし,それもこれも,この小雀が自ら飛べるようにならなければどうしようもない.
-- -結局,そのまま年を越し,一週間ほどしたころのこと.俺とかみさんは,東京の方へ行って帰ってきた日のことである.雀を入れていた籠にはもはやその 姿なし.かみさんがそのことをお袋に訊いたところ,その日の昼,飛んでいったのだそうだ.---ただ,飛んでいっただけでないから,敢えて俺もこのブログ に書こうと思ったわけなのだが,それではどういうことが起きたのか.玄関を開け放って掃除をしていたお袋が,家に戻ると,家の中を雀が飛んでおり,さては 籠から逃げたかと,籠を調べればちゃんとそこには小雀がいる.家の中を飛び回る雀は籠に呼びかけるかのように鳴き,隙をみては,籠にとまる.どうやら,こ の侵入者は,小雀の親らしい.籠を開ければ,今まで飛べなかったはずの小雀が見事に親の後ろについて飛び,そして,暫く後に親雀とともに外へ飛んで行った のである.
この話を聞いて,ふと思い出されたのが,Iron Eagleという映画で,戦闘機ものの話なのだが,捕虜になった親父を息子が単身敵地にF-16で乗り込んで救出するという,まあ,現実的には到底不可能 ごとの話なのだが,或はこの息子と,侵入者たる親雀の心境とは相通ずるものがあるのではなかったかということである.普通,家の中に,いくら玄関が開け放 たれてあるからといって,野生の雀が入ってくることはまずない.意図的に侵入してきたと考えるのが妥当である.然らば,それはまさに敵地に単身乗り込むと いうことであって,どれほど恐ろしいことか.そしてその恐ろしさを退けるほどの,親心というものの強さをこれに知る.
妹の話によれ ば,鳥篭を買ってからは,昼の日のあるうちに,前栽(庭)に面した座敷の廊下に置いておき,あるとき気付いたことには,窓の外から雀が一羽,付 近を行ったり来たり,鳴きながら飛んでいたそうである.---おそらくこれは親雀であろう.そしてここに自分の子が保護(親雀に言わせれば恐らく「拿捕抑 留」) されていることを知ったのであろう.
さすがに,この話を聞いたときは,心温まる思いがしたが,一方で子供を狙った事件や或は親と しての自覚ない者による事件などが,ある意味で当たり前のよう に毎日耳にされる昨今,改めて親とは斯くあるべしということを,掌ほどの大きさの雀に教わったと,痛感した.特に,最近何かにつけて将来のことなど考える ときは,まだいないけれども,いずれは持つことになるであろう,子供のことを考えることが多い.その実感には乏しいものの,精一杯の想像力で以てして,親 としていかにあるべきか,いかになすべきかをよく考える.だから,なおのこと,この親雀の決死の覚悟には,感服させられ,そして自分も斯くあろうと強く 思った次第である.
[802]
瓜食めば 子等おもほゆ 栗食めば ましてしのはゆ いづくより 來たりしものぞ まなかひに もとな懸りて 安眠し寝さぬ(うりはめば こどもおもほゆ くりはめば ましてしのはゆ いづくより きたりしものぞ まなかひに もとなかかりて やすいしなさぬ)
[803](反歌)
銀も 金も玉も 何せむに まされる寶 子に如かめやも(しろがねも くがねもたまも なにせむに まされるたから こにしかめやも)
以上,山上憶良(万葉集所収).
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[追記 1/20 13:37(GMT)] 以上の話にはちょっとした後日談がある.
小雀が親雀とともに我が家を脱出(笑)した翌日の朝.
俺が朝飯を食べてから近所のコンビニへ新聞を買いに行った帰り,我が家の庭に二羽の雀が.一匹は大きく,また一匹は小さい雀.おそらくは,かの親子であろう.
或る人は斯く言うか.「御礼に来たのだ」と.
また或る人は斯く言うか.「小雀が『あの家でタダ飯が食える』と親雀に言ったにちがいない」と(笑).
果たしていずれが真であるか.